無料ブログはココログ

« 新明解・・・・古式ゆかしく、それとも、ゆたかに、か | トップページ | 皆既月食ごらんになりましたか »

2011年12月 9日 (金)

立川流一門会に行ってきました

新明解ネタを書きだすと切りがない。マニアックなおたくの世界にはまり込んでいくので、話題を変えます。

昨日は「立川流一門会」に行ってきた。麻生市民館(川崎市麻生区)だから我が家からは10分もかからない。

演者は、立川生志、立川談笑、立川志らく、そして松元ヒロ。ヒロは立川流でも、落語家でもないが、近頃は落語家との共演が多い。

生志は、自身の交通事故ネタ(交通事故に遭うが相手の車は逃げた。そのときの神奈川県警の対応のトロさを採りあげる)がマクラ。噺は「短命」。私の好きなネタのひとつ。オチにもいつかのパターンがあるが、オーソドックスにしめた。「おれは長生きだ」

続いて談笑。立川流四天王の一人。ことしは談笑の落語を何回か聴いた。

いま聴きたい好きな落語家5人を挙げろと言われたら、立川志の輔、柳亭市馬、柳家喬太郎、柳家権太楼、そして立川談笑になる。

談笑は、古典で擦り切れたような噺でも現代風にピカピカに磨きあげる。そのテクニックといおうか芸は並々ならぬものがある。先月聴いた「鰍沢」なども、こういうストーリーの組み立てがあるのかと感心した。

今回の噺は「時そば」。談笑のこのネタは完成度が高い。「時そば」など誰もが知っている噺で、「時そば」など聴き飽きたという人も多いと思うが、談笑の噺を聴いたら、唸るんじゃないかな。

さて、松元ヒロ。ピン芸人だが、知らないという人が多いと思う。テレビに出ないからである。出ないのではなく、出せないという言い方が正しい。政治ネタがきついので、テレビ側で敬遠してしまうからだ。こういう芸を談志は好んだ。ヒロのステージをたびたび観に来てくれたそうだ。その縁で、立川流にも顔を出すことになった。

ついでにヒロについて言っておくと、社会風刺コント集団「ザ・ニュースペーパー」の元メンバーである。「ザ・ニュースペーパー」ってどんなグループ? となるが、テレビに出ないと名は知られない。

小泉総理の時代、小泉さんのそっくりさんがときどきテレビに出ることがあったのをご記憶だろうか。「私は鼻筋は通っていますが、話しの筋は通ってません」というギャグがけっこう受けた。あのグループである。

来月、町田で「ザ・ニュースペーパー」の公演がある。チケットは買ってある。公演の様子はいずれお伝えします。

で、ヒロのギャグをひとつ。鹿児島県を自身のカラダを使って説明する。足を開いて、股間あたりをさわる。ちょっとエッチ。ここが桜島。右足が薩摩半島、左足が大隅半島。

トリの志らくは「死神」。談志からお墨付きをもらった最初の噺なので、それを演るというのだ。本人も気に行っているネタなんだろう。

去年の12月にも志らくの「死神」を聴いた。またかよ、という気持ちはない。古典落語は何度聴いても面白いからかまわない。とりわけ「死神」のオチは、古典落語中随一と言ってもいいほど素晴らしい。人生の不条理さを見事に表現している。

志らくは、去年よりも丁寧に、たっぷりやった。

死神のオチについて ひとこと、ふたこと

 ろうそくの火が消えると命が尽きるというのが古典噺「死神」の設定である。

 この落語のオチにはさまざまなバリエーションがあるが、圓生の「死神」がベースになっている。

ろうそくの火を別のろうそくに移そうとするがうまくいかなくて消えてしまう。男は前に倒れこんでしまう。これがもともとのオチで、いわゆる見たてオチ(仕草オチ)と呼ばれるものである。しかしラジオやCDでは倒れる仕草が見えない。で、圓生は、死神に、消える消える(発音はケエルケエル)と言わせて、ばたりと音を立てて倒れるようにした。

圓生以降、それぞれの落語家が工夫するようになった。点る火が思いがけなく消えてしまう、あるいは消してしまう、その消し方の工夫である。

小三治は大きなくしゃみをオチにした。くしゃみで火が消えたということは初めてこの噺を聴く人でもわかる。風邪ぎみになっているという伏線もなるほどと思わせて、うまい。

談志バージョンは死神が吹き消してしまうのだ。

志の輔は、洞窟から明るいところに出たので、おもわずろうそくの明かりを吹き消してしまうというとぼけたオチにした。愉快である。

志らくは「今日は第二の人生の誕生日」と死神にハッピーバースデー・ツー・ユーと歌わせる。それに釣られフーッと吹き消す。爆笑ものである。ただし最近は(今回も)ハッピーバースデーを歌わない。「誕生日、おめでとう」とだけやって吹き消す。

突風が吹いてきて、というパターンもあるようだが、聴いたことはない。階段でつまずいてというオチも考えられる。

大切なろうそくの火を自分で誤って消してしまうというドジさが、愉快で、人生の不条理さ、人間の業を感じさせる。どのようにやっても、傑出したオチである。

« 新明解・・・・古式ゆかしく、それとも、ゆたかに、か | トップページ | 皆既月食ごらんになりましたか »

落語」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 立川流一門会に行ってきました:

« 新明解・・・・古式ゆかしく、それとも、ゆたかに、か | トップページ | 皆既月食ごらんになりましたか »