きょうは歌会始 撰者の永田さんについてひとこと
きょう、歌会始があった。撰者に永田和宏がいる。河野裕子が存命ならば、夫婦で撰者を務めたはずだ。河野裕子は一昨年の夏亡くなった。死の間際まで短歌を詠み続けた。すさまじいばかりの歌人魂が印象に残っている。短歌集も歌集にしては異常なほど売れた。
現在、新潮社のPR誌『波』に、永田は「河野裕子と私 歌と闘病の十年」を執筆している。
これがすさまじい内容なのだ。いい妻だった河野が、乳がんを機に、少しずつ異常な行動をとるようになる。夫の浮気を疑う。嫉妬し執拗に夫をなじり、ヒステリックな発作をこすようになる。永田は島尾敏雄の『死の棘』を引き合いに出すが、夫への不信感ではなく、「置いてきぼり感」だと分析する。
置いてきぼり感は、「夫や子遠し」と詠うフレーズに読み取れるが、そんな悠長なものではなく、声高に相手をなじり、ヒステリックにふるまう。永田はほとほと手を焼き、「この人を殺してわれも死ぬべし・・・」という短歌を詠んでいる。河野の「激情と攻撃から身をかわすことに精いっぱい」だった。
河野は河野で「病気して何かが狂い始めたり狂はぬやうに体調整ふ」などと自己分析をしているが、この気持ちのままでは収まらなくなってしまうのだ。
男はこういう状況になったらどうしたらいいか。アナタへの質問です。
ひっぱたく。殺して逃げる。ただ家出しちゃう。
悪友がいう。「そんなの決まってるだろ、こっちが泣いちゃうんだよ。ぐっと抱きしめ、ごめん! ごめん! 俺が悪かったって、謝っちゃう。浮気してなじられた時とおんなじだよ」
やや品の無い方向にいきつつあるので、話を戻す。しかし、これが正解かもしれない。実際、永田も河野を抱きしめ、泣くよりなかった。
河野はこんな短歌を詠んでいる。
「あの時の壊れたわたしを抱きしめてあなたは泣いた泣くより無くて」
永田はこの一首を見たとき、河野の気持ちを理解し、忌まわしい気持ちが薄らいでいくのを感じたという。
「私を支え続けてくれるお守りのような歌になった」と記している。
以上は『波』に連載された第七回(12月号)の内容である。
第八回(今年1月号)は、精神科医の木村敏のところにカウンセリングに通うようになる内容になっている。二〇〇四年、今から八年ほど前のことである。このカウンセリングが功を奏し、河野は以前よりも落ち着く。カウンセリンはきちんと通うようになる。精神科医と患者の信頼関係が築かれたと言ってよい。木村敏も、「心待ちするような患者もいる。河野裕子さんはそのなかでも、断然筆頭にあがる人だった」と記している。
まだ書きたいことはあるが、ここで留め置く。次号が楽しみである。いずれ単行本になるだろう。話題になると思う。
ついでのひとこと
ずいぶん昔のことだが、永田さんとは一度話をしたことがある。といっても立ち話ていどで、歌を詠むなんてことも知らなかった。私が、中井英夫作品集をもっていると言ったら、「中井英夫は私の先生です。それ読んでいない。ぜひ読みたい。貸してください」と乗り出してきた。私がもっていたのは、ミステリーの奇書といわれる『虚無への供物』が収められた作品集である。すごく分厚くて電話帳ぐらいのボリュームがあった。持ち運びが面倒だったので、実際は貸すことはなかった。そのときはじめて、永田さんが短歌を詠み、中井英夫の弟子であることを知った。
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