「J・エドガー」と夕日に赤い帆
イーストウッド監督の「J・エドガー」についてのメモである。
① 長くFBI長官だったJ・エドガー・フーバーの伝記映画である。反共主義者。司法では絶大の権力を握った。盗聴により相手の弱みを握り、大統領からも恐れられた。リンドバーグ事件(息子の誘拐)では科学捜査(指紋捜査、犯罪者のデータベースの構築)などを駆使し犯人を逮捕した。連邦捜査権を確立した。このあたりが一般的な理解である。
私生活では、マザコン、同性愛者であった。これは知らなかった。
② フーバーの自伝の口述筆記というありふれた手法で映画は進行する。しかし、あちこちに飛ぶので、多少わかりにくくさせている。致し方ないが。
リンドバーク事件に多くを割いているのは、これによりリンドバーグ法などを成立させ、FBIの地位を高めたことを描くためだろう。
③ デカプリオは、中年から老年までを演じる。ポスターはジェームス・ギャグニーに似ている。これは小林信彦も指摘していた。ギャグニーの演じる役は、アクが強く非情な男というイメージだったが、そのままJ・エドガーのキャラクターにしたのだろう。映画の中にもギャグニーが出た「民衆の敵」などのシーンが出てくる。
日本でいうと佐分利信と山形勲をミックスしたようなイメージ。ちょっと古いか。現在なら西田敏行か。
④ マザコンであるが母親役は、ジュディ・ディンチ。あいかわらず存在感がある。「強くあれ」これがJ・エドガーに刷り込まれたメッセージである。それに生涯支配される。このあたりはアメリカ流精神分析が心底に流れている。
⑤ 同性愛の対象である同僚のトルソンは、毎日、昼か夜に食卓を共にすることを望んだ。ふーん、そういうものかと思う。このあたりの心境は理解できない。おすぎとピーコあたりに解説してもらいたい。
トリソンの老年時代のメークは気持ち悪い。
⑥ 音楽担当はいつもどおりイーストウッド自身であるが、重要な曲として「夕日の赤い帆」が流れる。時代はそういう雰囲気だった。エンディング・ロールにも使われている。ビリー・ボーンのゆったりしたメロディーを思い出した。
⑦ フーバーという男がどんな人物であったかを描くが、「市民ケーン」のようなミステリー仕立てではない。「ばらの蕾」はない。しいてあげれば母親のメッセージ「強くあれ」か。豪腕フーバーの行動の背景にはそれがあったということである。
ばらの蕾って何? それを説明するとながくなるので、省略。「市民ケーン」を観ればわかります。
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