品川の上流は目黒。さんまは目黒に限る
品川の続き、第四回目である。
「幕末太陽傳」について、「裕次郎たちの演ずる志士は、野暮ったいというか単純で、・・・こんな連中が明治維新を遂行したのかと思うと・・・」といったコメントをいただいた。
確かに、居残りの佐平次に比べ、幕末の志士らの行動はいい加減で、猪突猛進の輩として描かれている。実際そういう側面はあったのだが、当時、一世を風靡した太陽族(無軌道で反倫理的な若者たち。石原慎太郎の『太陽の季節』から流行語となった)をカリカチュアすることもこの映画の背景にはある。タイトルに「太陽」ということばがあるのはその証拠である。
それにしても、石原裕次郎演じる高杉晋作など、素人芝居、アイドルに即席芝居をさせたようで、見るに耐えない。裕次郎の笑い方は臭くて、止めてよと言いたくなる。二谷英明の方が光る。小林旭も出ていたけれど目立たない。
幕末の混沌さの中にも太陽族がいたというのがこの映画の面白さである。昭和三十年代初めの風潮を色濃くあらわしている。
さて話は変わって、品川に戻る。品川宿の真中あたりを川が流れている。目黒川、この川をはさんで宿場が広がっていた。目黒川を遡れば当然、目黒に至る。
目黒といえば「目黒のさんま」である。殿さまが狩りに来て、農家からいい匂いがする。サンマを焼く匂いだった。これを食すると大変旨かった。屋敷に帰ってもサンマの味が忘れられないが、下品な魚だからと言って食べさせてもらえない。無理やり頼み込んでサンマが食することになるのだが、脂の落ちたツミレで、旨くもなんともない。どこで採れたかと問うと、日本橋という返答。で、「さんまは目黒に限る」というのがオチとなる古典噺である。
実際、目黒のサンマは旨かった、と思われる。品川から舟で目黒川を遡れば、短時間で目黒近辺にたどり着く。このあたりにはいつも新鮮な魚が届いていた。だから、サンマが目黒に限るというのも、あながち間違ってはいないのではなかと推測する。
かってな想像だけどね。
ついでのひとこと
目黒のさんまのオチは先述したように「さんまは目黒に限る」であって、これは定番中の定番で変えようがない。これを変えた噺家がいる。快楽亭ブラックである。
「まっくろに焼いたサンマが旨い。うーん、サンマは○○○に限る」
○○○の部分は差別用語ととられるおそれがあるので、ここでは記さない。演芸場だけで許される用語である。
記してもいいのだけれど、想像するのも悪くない。
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