遥かなる雑民党
今朝の新聞に、東郷健の訃報が載っていた。
懐かしい名前である。ゲイというのかオカマと呼べばいいのかよくわからないけれど、同性愛がゲテモノ扱いにされた時代に堂々とゲイを名乗った。国政選挙にも出た。雑民党という政党を立ち上げた。花柳幻舟も党員だったように思うが、記憶が薄れている。
雑民党の政見放送はおもしろかった。投票してくれと、色っぽく「入れて! 入れて! 入れて!」と叫んだ。残念というか当然というか落選した。
あのころは泡沫候補や政党が多く、選挙も娯楽の一部だった。近頃は、既存政党かその亜流ばかりで、おもしろくもなんともない。立候補のハードルを高くして、少数を泡沫として排除した。ゲテモノはゲテモノだと切り捨てたのである。
考えてみれば、あのころ(三十年ほど前か)までは、世の中は雑然としたおもしろさがあった。高度成長時代はとっくに終わっていたが、オキシフルで消毒されたような清潔な空間が広がる一方で、猥雑で自由な空気が漂う場所や場面が数々あった。
テレビも深夜はお色気番組も多く、エキサイティングだった。
現在では、テレビに同性愛者が堂々登場するようになり、一見、開かれたように見えるが、そうではない。猥雑さが封印されてしまっているのだ。消毒された無難なフリーク、これが面白いといえるか。
ユッケひとつが御法度になるような時代になっている。猥雑をトリミングせよというわけか。そりゃ、病原菌は困るが、さして害もないのにそれと同じような扱いをする制度や規制が広がっている。窮屈だ。まるで喫煙者を特定の喫煙ルームに閉じ込めているようである。
猥雑でエキサイティングな空間は限りなく狭まっている。テレビの中にはない。
東郷健の主張は認められた反面、消毒されてしまったようにも思う。
つまんないナア。
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