極楽の余り風 天使の分け前
桂米朝の落語(演目は「いもりの黒焼」)をCDで聴いていたら、まくらで、昔はええことばがいくつもありましたけど、あまり聞かんようになりましたと嘆くくだりがあった。
暑い日、木陰で一服すると、涼しい風が吹いてきて、さわやかで気持がよい。そんなとき、「極楽の余り風、極楽の余り風」などと古い人は言ったものだけど、こういう表現は耳にしなくなったというのだ。
なるほど、うまい表現である。極楽からのお裾分けである。
それで、思い出したことばがある。
チーズはイラストで描くと、孔のあいたカットものとお定まりとなっている。どうして孔あきチーズとするのか、そうしないとチーズらしくない、ケーキなのか石鹸なのかよくわからなくなってしまうので、その区別をするため、孔を描くことになっている。
ただし、実際に孔あきチーズを見かけることは少ないのではないか。
あのチーズはスイスのエメンタールチーズで、普通はフォンデュなどに用いられる。孔は発酵の過程でできるもので、ネズミがかじったものではない。
あの孔を「天使の分け前」という。旨いチーズができる過程で出来たもので、こちら(現世)から天国(極楽)への感謝の気持ちを込めて、天使に分け与えた分とした。
つまり、お裾分け。うまい表現である。ウイスキーなどの熟成の過程で量が減ることも、同様に「天使の取り分」とか「天使の分け前」という。
冒頭の「極楽の余り風」であるが、極楽という表現自体もそれほど聞かなくなったような気がする。
風呂につかるとからだが温まり、解放感が広がっていく。気持がいい。むかしは、こういうとき年寄りの爺さんは「極楽や、極楽や」と言ったものである。使うのは年寄り。若者は言わないし、言ってはいけない表現であった。それが、温泉などでも実際に聞くようなことはなくなった。
ま、極楽だの地獄など、実感として薄れていることは事実である。
ついでのひとこと
美山の茅葺き集落の木陰で休んでいると、涼しい風が吹いてきた。ホッと安らぐ。これが「極楽の余り風」である。
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