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2012年7月22日 (日)

来年の大河ドラマは「八重の桜」  会津の女だ。

伊能忠敬をNHKの大河ドラマにする会があることは昨日、当ブログで紹介した。名付けて「伊能忠敬大河ドラマ化推進協議会」。ガッテン師匠の「大河への道」の落語会では出口でパンフレットを配り、署名活動も行っていた。ギャグかと思ったが、香取市のこのプロジェクトの関係者は本気らしい。

2018年は、伊能忠敬没後200年にあたる。大河ドラマは無理としても、まちがいなく忠敬ブームになると思う。

ところで、来年の大河ドラマは「八重の桜」である。会津出身の女性を描く。

わたしは会津びいきである。幕末・維新のことを思うと涙がチョチョ切れる。

鳥羽伏見の戦いで、慶喜は偽の錦の御旗を見て、江戸に逃げ帰った。どちらが勝ってもおかしくないのに撤退した。以降、薩長連合は勝ち戦を続け戊辰戦争は終わった。

会津藩主・松平容保はいわゆる高須四兄弟のひとりである。容保のほか、尾張藩主の慶勝、十五代将軍となった慶喜のあと一橋家の当主となる茂徳(茂栄)、桑名藩主の定敬の四兄弟はそう呼ばれた。岐阜・高須藩から出た実の兄弟である。容保は会津藩主として徳川家に忠実な臣下であることを貫いた。尾張の慶勝は内戦を回避するため薩長に協力した。徳川を裏切ったのではない。日本の将来のため旧弊たる徳川の代を終わらせようとした。定敬は兄・容保に従い、幕府側を貫いた。それぞれがそれぞれの立場で乱世を生き抜いた。

会津の戦いは薩長連合の一方的な勝利となった。会津若松では多くの人が亡くなった。戦死しただけでなく自刃も多発した。象徴は白虎隊の悲劇である。ちょっとおっちょこちょいとも思われる理由だが、まだ中高生ぐらいの歳である。素直で剛直な判断しかできないのも致し方ない。

若松城では女も戦った。飛んできた砲弾が破裂する前に濡れた布団で押さえるなどの勇敢な行動は女の役割であった。

 といったことは、来年のNHK大河ドラマ「八重の桜」の冒頭で描かれるはずだ。主人公は後に新島襄夫人となる新島八重。若松城ではスペンサー銃を手にして奮戦した。

 会津には人材がいた。明治となり、あのようなひどい仕打ちをうけたにも関わらず人材が輩出したのは驚異と言うしかない。よほど教育がしっかりしていたものと思われる。女では八重のほか、山川捨松(咲子、のちの大山巌夫人)、津田梅子など明治の女性リーダーを排出している。男では、柴五郎が筆頭か。

中公新書の『ある明治人の記録』は涙なしには読めない。柴五郎の伝記であるが、戊辰のころは八歳ぐらい。斗南藩に移され塗炭の苦しみを味わう。のちに陸軍に入り、北京の義和団事件では多大な功績があった。のちに陸軍大将まで上り詰める。敗戦藩としては異例の出世である。この本はぜひ読んでもらいたい。

 

ということで会津びいきなのだが、大河ドラマはたぶん観ないと思う。テレビドラマは好きじゃない。火曜サスペンスも水戸黄門も観たことがない。韓流ドラマも「冬のソナタ」以下いっさい観ていない。家政婦ミタも観ていない。

でも、若松城の攻防ぐらいは観てみようかとも思う。(どっちなんだ!)

ついでのひとこと

会津の女性を描いた小説に、津村節子の『流星雨』がある。戊辰の役で親や男兄弟を亡くした姉妹が祖父母や母と斗南に流れていく物語である。小説であるけれど、状況設定は史実に基づいている。津村節子は吉村昭の妻であるからというわけではないが、吉村昭に匹敵するほどの書き手である。この本もお薦め。

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