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2012年10月19日 (金)

来たか長さん待ってたほい

新明解国語辞典の編集主幹であった山田忠雄氏が「刑事コロンボ」が大好きだった(と思われる)ことは以前書いた。
「来る」の項に、このコロンボときたら〔=という人は〕、本当に警部かどうかさえ疑いたくなる人相・風体だ」という用例が記載されている。
 この「来る」を別の辞典で引いてみると、思いがけない用例があるのを見つけた。
「明鏡国語辞典」はかなり長い語釈の最後で、「来たか長さん待ってたほい」を挙げている。
 まさか、「来る」の用例で、この表現を採りあげようとは意外である。面白いけど。

ドリフタ―ズの加藤茶がいかりや長介が登場する場面で使ったと記憶している。てっきり加藤茶が作ったことばと思っていたのだが、そうではないそうだ。それ以前にも使われていた表現で、驚いたことに、夏目漱石の『道草』の中にも出てくる。

調べてみると、たしかにあった。『道草』の二十六章のその部分を引用する。

姉の咳嗽(せき)が一収(ひとおさま)り収った時、長太郎は始めて座敷へ顔を出した。
「何うも済みません。もっと早く来る筈だったが、生憎(あいにく)珍らしく客があったもんだから」
「来たか長さん待ってたほい。冗談じゃないよ。使でも出そうかと思ってた所です」
 比田は健三の兄に向ってこの位な気安い口調で話の出来る地位にあった。

ふーん、なるほど。長介ではなくて、長さんは長太郎なのだ。夏目漱石のことばではなく、むかしから地口のように使われてきた表現なのかもしれない。たぶんそうなんだろう。

ついでのひとこと

「明鏡」ではもうひとつ最後に用例を挙げている。これも印象的。
シーザーの「来た、見た、勝った」である。Veni,Vidi,Vici”。

 用例として適切かどうかは疑問であるけれど、面白い。

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