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2012年12月12日 (水)

夢の浮き橋

 週刊文春に細川護煕の「中国詩心を旅する」という連載ページがある。毎週ではないが、中国の各地を漢詩とともに紹介するページである。読んでさして面白い内容ではないけれど、12月13日号の写真には、おっ!と感嘆の声をあげてしまった。
 永州市(湖南省)の川にかかる浮き橋である。いまどきこんな橋があるのかと驚いた。浮き橋とは船橋である。船というより舟を川幅いっぱいに並べ、つなぎ合わせる。流されないよう上流にアンカ―を打つ。舟の上に板を渡し、その上に3メートルほどの材木をずらり敷きつめたものである。川幅がどれだけあるか、写真では分からない。隅田川ぐらいはありそうである。立派な橋である。軽自動車ぐらいなら楽に渡れるのではないか。その写真を紹介しようと思ったが、きれいに撮れない。関心のある方はバックナンバーをあたってほしい。

 日本で浮き橋というと、明治維新を思い出す。江戸城引き渡しの年の半年後、明治天皇は京より江戸に下った。その際、橋のない川、つまり渡し船などで往来していた川には急造の浮き橋が架けられた。多摩川もそうである。東海道の多摩川には1600年に橋が架けられた。洪水でたびたび破損したり橋が流されたりして、その都度修復された。しかし、たしか1688年だったと思うが、橋を架け直すことを諦め、渡しにしてしまった。架け直すのをあきらめたのは財政的理由による。以後、明治になるまで橋は架けられなかった。
 明治天皇の江戸入りの際、架けられた橋がどのようなものであったか。絵図面が残っている。川崎市民ミュージアムでこの絵図面が展示されたことがある。ふーん、なるほどこうやって浮き橋をつくったのかと感心した。
 作り方は永州市の浮き橋と同じ。舟を十数艘ならべ、両岸に杭を打ってロープで固定する。流されないようアンカーは三カ所に打つ。舟の上に長さ3メートルほどの板をずらりと敷きつめる。明治天皇はたぶん御所車で移動した(と思うが、確かではない)が、そのまま渡ったものと思われる。そのくらいの幅はある。浮き橋とはいえ安っぽい橋ではない。その絵図面にはしばし見とれてしまい、写真に撮るのも忘れてしまった。

 もうひとつ、有名な浮き橋を思い出した。北斎の絵だ。「諸国名橋奇覧」のなかに「かうつけ佐野ふなはしの古ず」がある。上野(群馬県)の佐野にある浮き橋(舟橋)を描いた絵である。北斎の絵だから図書館でも本屋でも見ることができるのでぜひご覧になっていただきたい。中ほどが下流にたるんでいる。渡ると揺れて落っこちそうであるが、馬が静かに橋を渡っている光景が描かれている。これも興味深い絵である。

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