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2012年12月31日 (月)

『談志が死んだ』 老人性うつ

『談志が死んだ』を読み終えた。ことしは談志バブルの年だった。いくつもの談志関連本が出版されたことは以前、当ブログにも書いた。そのバブルの棹尾を飾るのがこの立川談四楼の著作である。吉川潮の『談志歳時記』が談志の芸を外側から描いた本なら、こちらは弟子の立場から談志内側の人間性を描いたものだ。
 「落語もできる作家」といわれるぐらい筆力があるから面白い。既知のエピソードも散りばめられているのでスイスイ読める。
 で、所感。談志はやっぱり愛すべき独裁者だったのだなあということである。談志は「価値観の共有」と語っていたそうだが、弟子からすると「忠誠心の無理強い」じゃないかと感じることも多かったという。弟子に対しては理不尽な言動があったということだ。たとえば談春の『赤めだか』の書評。褒めて書いたのだが、談志の逆鱗に触れたという。なぜ激怒したか不明のまま謝りにいく著者の精神状態がみごとに描かれているのだが、師匠はけんもほろろの態度。上等じゃないかと啖呵のひとつも切りたいところだが、師匠にはとても言えない。結局、怒りの理由は不明のまま、後日「オレが間違ってた。忘れろ」という伝言ひとつで一件落着となった。なんだったのだろうかと談四楼はいぶかしく思う。
 こうした談志の言動を、近所の医者が老人性のうつではないかというくだりがある。歳をとることで急速に老いる。クオリティの高い仕事をしてきた人ほどその老いを受け入れられなくてうつ状態となる。それが嵩じ、精神の変調をきたして暴言を吐くこともある。老いがさらにすすめば諦めの心境となるのだが、そこに至るまでがややこしい。なるほど、そんなものかと納得した。
 で、オレも将来、老人性うつになるかもしれないと一瞬思った。が、そうでないことに気づいた。オレはクオリティの高い仕事などしてこなかったから。

後半は、ホテルのお別れ会の様子(石原慎太郎の弔辞や山藤章二の談志はピカソであるといった挨拶)、談志と一緒にブラジルにいったときの思い出、そして家元の衰弱ぶり・・・・。さらには、これからの立川流の運営。
 長年付き合った弟子でも談志の心の臆測はわからない。談志の晩年はピカソである。その絵を読み解くのは難しい。
 落語ファンは、高座のCDやDVDを聴き観て、その芸を楽しめばいいのだ。

ついでのひとこと

 きょう、12月31日、夕方5時からBSジャパンで、談志追悼と銘うった「談志の芝浜」が放映される。いつの年の録画かわからないけれど、観て損はないと思う。

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