談笑独演会 たっぷり三席
「永久保存版 別冊談笑」と銘うった談笑独演会に行ってきた。演目は評論家の広瀬和生さんがリクエストした「風呂敷」「明烏」「芝浜」の三席。名の知られた古典噺である。しばらくやっていない(と思われる)が、談笑独特のアレンジによって見事な噺に仕立てられているからリクエストしたという。
どんなふうにアレンジされているかというと、たとえば「明烏」では、花魁の登場場面が多いところだ。この噺は、悪所通いなどとんでもないという堅物の若旦那をお稲荷さんのお篭りだと偽って吉原に誘い出す物語である。どうしても帰るという若旦那をなんとか引き留める。ところが翌朝になると、すっかり骨抜きにされて帰りたくないとなる。聴きどころは花魁が若旦那を口説く場面である。ふつうはここをはしょってしまうのだが、じっくり若旦那に語りかける。
身の上に始まり、吉原は苦界ではない、男も女も楽しむ場所だと語る。花魁は「紺屋高尾」のようであり、ということは「ジーンズ屋ようこたん」であり、柳家喬太郎の演じるギャルのようであり、若旦那もその気になっていく。で、床入りとなるわけで、見事な演出となっている。時間を計っていたわけではないので正確ではないけれど、談笑バージョンの「明烏」は50分ぐらいやったのではないか。ふつうは30分ぐらいだから、多くなった分は花魁の場面である。
「芝浜」もけっこう長かった。これも50分ぐらいか。棒手振りの勝五郎が芝の浜で42両入った財布を拾う。ところがそれを女将さんから夢だと言われる。それから3年、一所懸命働いて表店で商いができるほどになった大晦日の場面となるのがふつうの「芝浜」である。談笑バージョンはこの3年間もきっちり演じる。どのようにして稼いだかを。
で、大晦日のシーン。勝五郎は言う。財布を拾ったのは夢じゃないことはわかっていた、そのぐらいのことはわかるさと酒に手をつける。ふつうのバージョンから離れるわけで、「芝浜」の有名なサゲ、「よそう。夢になるといけねえ」は使えなくなってしまう。別のサゲを用意しなくてはいけなくなる。どんなサゲになるのか、観客は不安げに身を乗り出すことになる。
女将さんとのやりとりをじっくり演じ、サゲは「(財布を拾ったことは)夢にしちゃおう」。これだけではこのサゲの意味がわからないだろう。わからないからサゲを明かしてしまうわけで、この部分のやりとりをじっくり聴けば、なるほどと、サゲの意味がわかる。うまいものである。見事な談笑版「芝浜」となっている。
ふつうの独演会で三席やると、どこかで手を抜くものだが、三席とも全力投球であった。
最後は、年末ということで三本締め。たっぷり、じっくりのいい寄り合いであった。
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