『ピストルと荊冠』 被差別の海を泳いだ男
橋下大阪市長の出自を巡る騒動は「週刊朝日」側の謝罪と連載中止、そして責任者の更迭で幕を閉じた。他の報道機関は口を閉ざしたままで、後追いの報道はほとんどなかった。同和問題は面倒だから記事にしないという軟な姿勢が見て取れる。パッシング(自主規制といおうか、素通り)となった。予想されたこととはいえ、これほどの沈黙でいいのか、差別問題をまた闇の中に閉じこめてしまっていいのかという疑念が生じる。
この正月、『ピストルと荊冠』(角岡伸彦著・講談社)を読んだ。部落解放同盟の支部長として、大阪の行政や金融機関を牛耳った小西邦彦の評伝である。数年前に出版された『同和と銀行』(森功著・講談社)が、三和銀行の小西担当であった岡野義市の立場で小西を描いたノンフィクションなら、本書は小西自身にスポットを当てたものである。
以前、当ブログにも書いたが、被差別民は就学や就職で理不尽な扱いをうけ、多くは貧困から逃れることはなかった。その貧困問題を解決すべく、同和対策事業特別措置法が制定された(1969年)。10年間の時限立法であったが、なんだかんだで引き延ばされ、2002年まで30年以上続いた。この間に投入された税金は10兆円を遙かに超えた。逆差別と言われるほどの手厚い保護政策で批判もあったが、これにより貧困問題がほぼ解消されたことも事実である。問題は、この多額の税金にたかった連中である。えせ同和や暴力団がそうだが、銀行や建設会社もその蜜を吸った。
もと暴力団の一員であった小西はその面倒見と押し出しの良さで、解放同盟支部や福祉団体のトップとして大阪の闇の帝王となった。ちょっとした口利きで大金が転がり込んだ。バブル期には土地の売買で何十億という金をせしめた。銀行や建設会社も小西を隠れ蓑にして地上げや融資で大もうけをした。
小西にしてみれば、福祉団体の金も自分で稼いできたという思いがある。団体の金も自分の金もどんぶりであり、湯水のごとく使いまくった。その一方で、面倒見の良さを発揮し、地域住民から就職要請があれば、市の職員などに斡旋した。
それが飛鳥会(小西が理事長をしていた部落解放同盟の財団)の不正問題で起訴され、有罪となった。同和対策事業が終わって数年後、2006年のことである。当人にしてみれば、いままでやってきて何のお咎めもなかったのに、今更なんだという思いになるが、時代が変わったのである。その2年前には、牛肉偽装事件でハンナンの元会長が逮捕されている。同和対策事業が終わったことを印象づける一連の大物逮捕であった。
下っ端の暴力団員がなぜ解放同盟の支部長になれたのか、行政や財界もなぜ小西を頼りにしたのか、そのあたりがよくわかる。本書の内容は、『同和と銀行』に重なる。興味がある方は、どちらか一冊でもお読みいただきたい。
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