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2013年2月11日 (月)

そうだ じゅげむ きこう  若手の勢いとフラ

 若手落語家のいいところは威勢のよさである。渋茶のような噺ではなく、泡立つビールをぎゅと飲み干すような噺がよい。
 久しぶりに「そうだ じゅげむ きこう」(成城ホール)に行ってきた。きょうは祭日だから昼夜二回のスペシャル公演となる。昼の部を聴いた。いつも客席はガラガラで、パイプ椅子の席は三列ぐらい並べればよいぐらいだが、休日ということもあって、五列ぐらいになった。最前列の座布団席には小学生も何人か来ていた。だから、演目に廓ネタはない。

春風亭一力  牛ほめ

桂 宮治    親子酒

桂 三木男  人面瘡

柳家小権太  不動坊

 一力は前座、あとの三人は二つ目である。おなじ二つ目でも芸歴には差がある。小権太と宮治は同じ年だが、宮治は入門5年目、小権太は入門13年になる。

宮治は先月も聞いた。マクラは同じネタだった。正月の2日は稲毛のスーパーでのイベントだった。吹きっさらしのテントで落語をやらされ、散々だった。ことしは幸先良くとはいかなかったという話である。 若手落語家の営業となると、ちゃんとした高座でやらせてもらうことは少ない。それも修業の内だろうと我慢するしかない。当人もそう思っているはず。
 宮治の「親子酒」、前半は軽くカットして、酒を飲むシーンをたっぷりやった。なかなかの熱演だった。若手の勢いを感じる。芸歴は短いが、いい落語家になると予感させるものがある。さらにフラ。フラとはその落語家がもつ独特の雰囲気のことだが、それを感じる。

三木男はあまり演じられることの少ない「人面瘡」をやった。膝に人面のようなオデキができるスリの噺。地味なストーリーで、三木男のしゃべりも勢いに欠ける。前回も同様の印象だった。私とは相性が悪いのだろうか。フラが感じられない。小さくまとまってしまうような気がする。

小権太は、この「じゅげむ」の会には何回も出演している。いつ真打になってもおかしくないと思っていたが、来年、順当に昇進することになった。まずはめでたいことである。
 演目は「不動坊」。おなじみの古典である。ふろに入って妄想するところと、幽霊の姿になって脅かすシーンが見どころである。とぼけ具合とテンポの良さがうまくミックスされている。師匠(権太楼)のような噺家になってもらいたい。

「じゅげむ」は来月も続く。ところが場所が変わって清瀬けやきホールになる。三月は立川春吾の独演会、4月は桂三木男の独演会となる。成城ホールでは4月に、ろべえ、さん若、花ん謝の会となる。毎月、両方の会場でやるのだろうか。

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コメント

こんにちは、
日経の記事「瞑想のすすめ」を教えてくれて、ありがとうございます。
さっそく手に入れて読んでみました。ヴィパッサナー瞑想は、
 ①つねに自分に気づいていること、
 ②むやみに反応しないで平静を保つこと、
この二つにまとめることができると思います。

永井氏の言うように、つねに自分に気づいているというのは、
けっこう忙しく、眠くなるひまもありません。ただ、呼吸と感覚という
事実に気づくのであって、想念はやりすごすというのが原則です。
ヴィパッサナーもいろんなヴィパッサナーがあるようです。
志向性という言葉がむずかしいけれど、心のくせのことでしょう。
くせはつよいから、そっちに引っ張られてしまう。それを修行に
よって、むやみに反応しない強い心をつくるのです。

ま、理屈はそうですが、妄想にふけったり、居眠りをしていることも
すくなくありません。(^-^) 永井さんのエスカレーターの話は、
具体的で分かりやすいですね。

中島さんの落語の知識はそうとうなもので、わたしも落語は好き
ですが、足元にもおよびません。なにか好きなものを持つ、それに
入れ込むこというのはいいですね。幸せになれます。

ではまた、奥様にくれぐれもよろしくお伝えください。

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