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2013年4月 9日 (火)

「最初の人間」  カミユの根源思想

「ホーリー・モーターズ」に続いて、アルテリオ映像館(今村昌平監督が受賞したカンヌ映画祭の金賞のトロフィーが二つ展示されている。ぜひご覧いただきたい)で「最初の人間」を観た。
 原作はアルベール・カミユの自伝的小説。わたしは読んでいない。没後何十年もたって発見されたものだそうだ。カミユは学生時代によく読んだ。小説よりも『シジフォスの神話』『反抗的人間』などの評論を繰り返し読んだ。
 カミユの思想をひとことに凝縮すると「人生は生きるに値しない。だから、生きていく」となる。記憶は歪められているので間違いもあると思うが、わたしはそう理解した。接続詞は「だから」である。「だけれども」ではない。ここにカミユの根源思想がある。まさに不条理を生きるということである。
 生きていくという結論は凡庸にも感じられたが、それがカミユである。
 そんなことはさておき、映画である。

 1957年、著名な作家となったコルムリは母の住むアルジェリアを訪れる。懐かしい街である。小学生の頃(1910年代)のことがよみがえる。父親は戦死し、祖母や母に育てられた。祖先は移植したフランス人であるが、貧困ゆえ勉学の機会がなかった。母も字が読めなかった。小学5年生だったコルムリは犬狩りの檻に閉じ込められたり、クラスメイトからいじめられたりする。ときに祖母と一緒に映画を観ることもあった。字幕を祖母に読んでやる役である。学力もあり、教師から中学への進学を薦められる。
 1957年当時はアルジェリア独立運動が高まっていた。無差別テロが頻発した。独立運動をドキュメンタリータッチで描いた「アルジェの戦い」という名作があったのを思い出す。あの映画と重なる時代である。
 コルムリは内乱ともいえる血を流す争いに反対する。独立派からも独立反対派からも非難を浴びるが、憎しみや流血からはなにも生まれないことを訴える。穏健な考えである。
 幼なじみのアルジェリア人の息子が独立過激派に属していることで逮捕される。父親はコルムリに支援を求める。しかし力及ばず、死刑となってしまう。コルムリは戦闘終結をラジオで訴える。「私は正義を信じる。しかし母を傷つければ、私は君たちの敵にまわる」と。

コルムリはカミユ自身である。穏健であることを願う。カミユの根本思想である凡庸というか中庸な思想がここでも反映されている。不条理とは、どのような時代であっても中庸の精神をもって生き続けていくこと。そう訴えているのだと受け止めた。


 ついでのひとこと

 この映画のタイトルは適切ではない。ル・プルミエ・オム、直訳ではそうなるが、「第一子」とか「長男」とすべきだろう。そうでないと訳がわからない。

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