「華麗なるギャツビー」は3Dで
3Dで観た。3Dは派手なスペクタクル映画で使われることが多い。たしかに迫力はあるけれど、こけおどしのような気がする。それより、紙吹雪が舞うようなシーンに向いているように思う。あれはきれいだ。この映画では華やかなパーティーシーンがある。3Dで観ればいっそう美しく、きらびやかな画像になっているはずだ。
ギャツビー役はデカプリオ。恋人役のデイジーはキャリー・マリガン。お目当てはこの女優。「わたしを離さないで」の感情を抑制した演技は忘れられない。「シェイム」での「ニューヨーク・ニューヨーク」をしっとり歌うシーンもよかった。悲しげな表情をさせたらこの人だろうな。語り手のニック・キャラウェイ役はトビ―・マグワイア。「スパイダーマン」が有名だが、「サイダー・ハウス・ルール」や「シ―・ビスケット」の演技の方が印象に残る。
で、この映画、一口でいうと、成り金大富豪の純愛ラブストーリー。そう言ってしまうと味も素っけもないので、少し添えると、キャラウェイの隣人、ギャツビー邸では毎夜、セレブが集って大パーティが開かれている。ギャツビーがどのような人物で大富豪になったかは不明。ギャツビーには忘れられない女性がいた。かつての恋人・デイジーである。5年ぶりに再会するが、軍人として戦地に赴いているうちにデイジーは結婚していた。ギャツビーはなんとしてでもデイジーを取り返そうとする。しかし・・・。
1920年代、ローリング・トゥエンティと呼ばれた大戦終結から大恐慌までの束の間のバブル期を背景にしたフィッツジェラルドの小説を映画化したものである。なんでも今回が5度目の映画化だそうだ。かつてロバート・レッドフォードがギャツビーを演じたバージョンが有名だが、あれからもう40年ぐらいたっている。
この小説はアメリカでは人気が高い。いわば夏目漱石の『こころ』のような位置づけにある。なぜ人気があるのか。ギャツビーの生き方(純愛、蕩尽、無垢の精神)、悲劇の決着の仕方、キャラウェイの世間への怒り、といったものが共感を呼んだなどと後付けの理屈を挙げることはできるのだが、実のところ、よくわからない。回想ものは一般的に人気が高くなる傾向にある。
さて、映画であるが、パーティーシーンが多い。思った通り、眩いばかりの美しいシーンになっている。虚栄の大夜会である。3Dでご覧になることをお薦めする。
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