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2013年11月26日 (火)

ケータイが鳴っても大丈夫

  

 アルテリオ寄席に行ってきた。トリは春風亭柳橋だった。トリ前の桂米多朗が軽い噺(「家見舞い」)だったので、どんな噺をやるのかと思っていたら、「妾馬」だった。別名「八五郎出世」、大ネタである。

 八五郎の妹・お鶴が殿様の側室になり、お世取りを産んだ。その祝いにお屋敷に出かける。八五郎は殿様に気に入られ、家来に召しかえられるというめでたい噺である。

 柳橋がテンポよく快調にやっているとき、突然、ケータイが鳴った。

あれほどマナーモードにせよとか電源を切れといっているにもかかわらず、着信音を鳴らすバカがいる。

 志の輔落語のとき、二度鳴ったことがある。さすがに二度目は志の輔も噺を中断し、しばし気持ちを立て直してからふたたびしゃべりだした。その観客が近くにいたらぶんなぐってやろかと思った。実際にはしないけど・・・。

 談志だったら怒って帰っちゃうかもしれない。

 柳橋は、電話が鳴ってるぞ、とアドリブのことばを話の流れの中にうまく取り込んで、よどみなく続けた。なるほど、上手いものである。ケータイが鳴るのはよくあるから、少しも騒がず取り込むしゃべりのテクニックを身につけているのかもしれない。

 

 実際に、ケータイ音がしたときの噺家の対応をひとつ思い出した。

「あわてずに切ってください。まだ、マクラだから大丈夫です。たいした話はしてませんから。これが佳境だったら、フッフッ・・・やめて返りますから」

 

 で、ケータイ音がなったときの、噺家の対処法をいくつか考えてみた。

 

ケータイのベルが鳴る。「おっと、どこかで蝉が鳴いてますねえ。冬なのに」

「蝉が鳴いた? 聞こえなかったが・・・。それはケータイの音の前か後か」

 

「おい。どこかでケータイが鳴っているぞ。江戸時代なのに。なに、ケータイじゃない? あれは半鐘だって。こりゃ大変だ。鼠穴をふさげ。味噌でいいからふさげ」

 

小言念仏」という噺がある。あれならいくらケータイ音が鳴っても平気である。念仏を唱えながら、「おーい、焦げ臭いぞ」とか「猫がサカナ狙ってるぞ」とか小言を言うだけの噺である。

ケータイ音が鳴ったら、「電話、鳴ってるぞ。早く出ろ」と、すかさず言えばよい。絶妙のアドリブとなる。

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