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2013年12月14日 (土)

「利休にたずねよ」 なぜ利休は腹を召されたか

 

原作の『利休にたずねよ』は読んでいない。読もうと思っていたが、機会を失し、映画を観ることになった。

利休に対しては、諸事如才のない人間というイメージを抱いている。茶人という風流人のほか、商社マン的才能に長けた人(堺の商家出身)であった。堺の商人との交渉で武器を調達したとか、的確な助言で隠れた政治力を発揮したとか、そんな人物だったような気がする。そうでなければ、腹を召されるようになったのかの理由がわからない。単なるわびさびではない。もっと複雑で策士的な人間だった。

この映画で利休を演じるのは海老蔵。海老蔵では華麗に過ぎる。茶人イメージが強烈に出すぎる。むかし、利休を演じた俳優に三国連太郎がいる。ちょっと悪相で、私のイメージに少し近づくが、まだ遠い。釣りバカのイメージをちょっと抑えた西田敏行とか、国村隼あたりか。まあ、勝手な思い込みだが、清濁善悪、それぞれを匂わせるような俳優がいい。もっとも、若いころの利休を演じるにはこの二人は無理だが・・・。

以上が前置き。

海老蔵だからこういう映画になった。この原作だから海老蔵になったというべきか。前半は主として茶人となってからが描かれる。

後半は時代を遡り、若かりし頃の映像である。落語に登場する若旦那のような暮らしをしていた。女郎屋通う放蕩三昧。高麗から捕えられてきた娘を見初める。娘の望みで逃がそうとするが捕捉されそうになり、心中を図る。しかし娘だけ死に、利休は生き残る。高麗の女の形見である香合にその爪を入れ、以後生涯持ち歩くことになる。

ということで、純愛である。後年、茶の世界で頭角をあらわすが、秀吉に採りたてられた背景や切腹を強いられた理由は描かれない。

利休へのやっかみの声、朝鮮出兵に反対したといった告げ口が多少描かれているが、決定的な理由や事件は描かれない。こういう見方もあるということを描いてもいいと思うが、そうはしない。

純愛に重きが置かれる。遺品である爪に込められた想いを優先する。それじゃあ、利休の妻がかわいそうじゃないかという感想もあろうが、それは別問題である。原作も似たり寄ったりなのだろうか。

 

なぜ失脚したのか。北では張成沢が失脚した。すかさず死刑となった。それもこれもよくわからない。

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