憲法改正案 なんだ、こりゃ。その2
前回の続き。ここまできて、気づいたことがある。
各段落の主語が異なる。 ①日本国 ②我が国 ③日本国民 ④我々 ⑤日本国民。
日本国と我が国は同じだろうけど(違うかもしれないけど)、日本国民と我々は同じかどうか、よくわからない。文章の流れからすると、我々とは、日本国民を指しているような気がする。しかし、③が「日本国民は・・・国家を形成する」と、わけがわからない文章となっていることは前回書いたけど、それを受けての④である。我々が日本国民を指しているのか、改正案をとりまとめた人に訊いてみたい。「我々は・・・・国を成長させる」。我々が国を成長させるのである。そうかなあという疑問が生じるが、それはさておく。
この我々という複数形、熟慮の上で書いたのだろうか。はなはだ疑問である。
熟慮の複数と言えば 聖書である。キリスト教徒なら、我々は神と預言者のことと定義するかもしれない。もちろんそれとは違う。英語だと、主君(元首)は複数形になる。朕はWeと表現される。当然、それとも違う。
現憲法の前文はどうなっているのか、気になったので調べてみた。現憲法は、4つの段落に分かれている。段落の主語は、①日本国民 ②日本国民 ③われら ④日本国民 である。③だけ「われら」である。これは日本国民のこととで、文末の「信じる」の主語となる。まあ、わかりやすい。
というようなことを考え始めたら疲れちゃった。
改正案の④は、自由と規律だの、美しい国土だの、自然環境だの、教育や科学技術の振興だの、活力ある経済活動だの、当たり前のことをずらっと並べている。ただ並べただけで、新たな憲法を作り上げるという思い入れとか熱意が伝わってこない。まじめに評価しようとしたが、気力を失ってしまった。
マスコミは、第9条だの、96条だのと騒いでいるけれど、それはそれとして、こんな前文は、いらん! 試案とはいえいやしくも責任政党が取りまとめたものである。熟慮検討したものとはとても思えない。まじめに読もうとする我々に対しても失礼である。前回も書いたが、自民党スタッフにきちんとしたコピーライターはいないのか。
ということで、前文の段階で引っかかってしまった。とりあえず憲法改正についてはここまで。
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