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2014年10月12日 (日)

鶴川寄席  大爆笑となりました。

 

 今回の鶴川寄席は正蔵・喬太郎二人会である。鶴川寄席では二回目になる。

 まず、演目を紹介しておく。開口一番は林家なな子。正蔵の弟子。「やかん」をやった。

 

 柳家喬太郎    華麗なる憂鬱

 林家正蔵     たちきり

 林家正蔵     松山鏡

 柳家喬太郎    寝床

 

 前半は省く。中入り後が可笑しかった。ライブならではの大爆笑となった。

 正蔵、あまり馴れない「たちきり」をやった後なのでほっとした雰囲気がある。ヘアスタイルが変わった。いつもは丸刈りに近い髪型だが、髪が伸びている。マクラはこの話から。映画撮影のために伸ばしている。山田洋次監督作品だそうだ。山田洋次作品に正蔵はしばしば出演している。監督には気に入られているようだ。

ヘアスタイルを変えると、カツラや植毛を疑われることがある。正蔵は、もちろんそうではない。そこで小倉アナネタが入るが、それはさておき、カツラですかと問われることがある。そんなときは、いいえ林家ですと答えることにしているのだそうだ。なるほど、桂ではない。

「松山鏡」。正蔵のこの噺を聴くのは二度目である。純朴な正直者の庄助さんが主人公である。正蔵のキャラには似合っている。得意ネタのひとつだろう。

鏡を知らない田舎の正助さんがお上からごほうびに鏡をもらうという噺である。亡くなった父親に会いたいという願いを聞き、父親そっくりの顔だから鏡に映せばそれが父親に見えるだろうというお上の配慮である。繰り返すが、それが鏡であることを知らない村での噺である。正助さんは鏡に映るのは亡き父親の幻影だと信じ込んでいる。

ところが、正蔵、正助さんのセリフで思わず鏡と言ってしまった。鏡を知らない正助さんが鏡というのはおかしい。しまったと思うがもう遅い。うっかりを客席に詫びる。会場は大笑い。なんとかオチにこぎつけた。ライブはこういうハプニングがあるから堪らない。

終りに、「このことはブログなどに書かないでください」と語って、しょんぼり高座から降りる。こういう美味しいエピソードを書かないわけにはいかない。

 こうなると、喬太郎はこれをギャグにしないわけがない。と期待していたら、すんなり「寝床」に入った。これは正蔵へのやさしい配慮か。

 下手な横好き、義太夫大好きな旦那がその義太夫語りを近所の人たちに聴かせようとする噺である。みな、親が死にそうだ、急ぎの仕事が入った、子が生まれそうだなどとの理由をあげて、断りを入れる。これをおもしろおかしく大仰に演じる。

途中で、正蔵は? と旦那が問うと、「うっかり鏡と言ってしまい、落ち込んで、立ち直れないでおります」。なな子は? 「なな子は笑い転げております」と、ここで、ようやく正蔵のしくじりをギャグにする。会場はもちろん大爆笑。流れの中にうまく溶け込ませている。うまいものである。爆笑ネタにさらに輪をかける。これが喬太郎落語である。

 けっこうでした。ライブはこういうことがあるから堪えられない。笑わせてもらった。

 

 ついでのひとこと

 正蔵のフラ(醸しだす可笑しさ)は純朴さにある。与太郎の魅力、とでも言ったらよいか、可愛いのである。正蔵に悪役は似合わない。山田監督が正蔵を起用する気持ちがよくわかる。

 もうひとつ。「たちきり」の登場する花魁の名は小糸である。前半、たしか小糸と言っていたはずだが、後半になると、小雪になった。あれれ、おかしい。いや、こちらの聞き違いかもしれないので断定はできない。まちがったら、ゴメンである。

今回の落語会、久しぶりに大笑いした。ビデオで再生して何度も聴いてみたいけど、それはムリなんだよね。一回きりである。酒の肴にはできる。

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