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2015年5月 5日 (火)

 「ら抜き」 は不当に差別されている。

 

 テレビ界は「ら抜きことば」を毛嫌いしている。

 インタビューで、ら抜きことばが出てくると、すかさずテロップが出る。「戻ってこれるように」との発言なのに、テロップでは「戻ってこられるように」となる。

 日本語が乱れているというなら、ほかにもっと指摘したい表現があるのだけれど、バカの一つ覚え、これだけは許さないといわんばかりである。正しい日本語表現は「ら抜きことば」の駆逐からと主張しているようである。

 それほど目くじらをたてるようなことか。ら抜きことばは昔からあった。ありふれた表現だった(たぶん方言)が、いつのまにかヤリ玉にあがるようになった。

 別にいいじゃん。「戻られる」なら、可能、受け身、尊敬、自発の意味となる。「戻れる」(ら抜きことば)により、あらたな可能表現が生まれたと考えれば、日本語にバリエーションができたということになる。生物多様化ではないが、言語多様化、言語生活が豊かになったといえなくもない。

 

 それでも、頑固に、だめなものはだめと言う御仁もいらっしゃる。ら抜きなんてダメですと言うのだが、舌の根の乾かぬうちに、ら抜きことばを使った。ニヤリ、笑ってしまった。「いま、ら抜きことばを使われましたよね」と指摘してやろうと思ったけど、やめた。恥をかかせてはいけない。

でも、言っておけばよかったのかもしれない。

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コメント

戻れるはら抜き言葉じゃないんですけどね、初見さん

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