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2015年6月25日 (木)

志らくの芸風 「この落語家を聴け!」

 

きのう、「この落語家を聴け!」に行ってきた。今回は立川志らくである。

 志らくを聴くのは半年ぶり。出来不出来があって(こちらの勝手な見解だが)、あれ、今日はおもしろくないやと思うことがあった。今回はどうか。結論からすると、よかった。満足した。

 演目は、「笠碁」「柳田格之進」の二席。

 碁つながりである。「笠碁」は、待ったうんぬんで仲たがいをする碁がたきの噺。もうひとつは、碁の最中に五十両の金が紛失、その疑いが浪人の柳田にかかるという噺。いずれもポピュラーな演目である。

 志らくは、丁寧かつ分厚く演じた。たとえば「笠碁」。いままで碁以外の借金でもずいぶん待ってやったのに、碁の一石ぐらいで待ってくれてもいいのではないか、いや、碁と借金は別、あなたから待ったなしでやろうと言い出したのに、待ったは可笑しい、というやりとりをたっぷり演じた。この盛り上がりがよかった。

 二席演じた後、広瀬和生さんとの対談で、「笠碁」は久しぶり、一年以上演ってなかったと語っていた。とりたててさらって(復習)もいない。幹の部分はしっかり押さえているが、枝葉の部分はきちんと決まっているわけではない。したがって碁がたき同士のやりとりはその場の雰囲気で演じることになる。ジャズで言うと即興演奏のようなものという。アドリブである。細かなことは省くが、熟練すればこういう芸になる。設計図なしで造形できるようなものだ。自由度が芸を生み出す。うまくいけば実力以上の出来映えとなることもある。

 志らくは年に二ヶ月ぐらいは芝居(劇団下町ダニーローズの公演があるので、落語を休んでいる。これがいいという。落語を本寸法でやっていると飽きがくる。この二ヶ月があると、新鮮な気持ちで落語に臨めるというのだ。

これはわかるような気がする。余芸は気晴らしである。気晴らしが芸を高める。

 対談で、練馬に移り住んだ感想などが聞けるかと思ったが、その話はでなかった。

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