ハッピーアワーは「サード・プレイス」
サード・プレイスということばをご存じだろうか。第三の場所、社会学の用語だが、小難しいことばではない。「家庭」、「職場」に次ぐ第三の場所。インフォーマルな気楽なつきあいができる場所のこと。それが、個人の生活を充実させるとか、地域社会に潤いをもたらしてくれる。しごくまともな見解である。
みすず書房から『サード・プレイス』(レイ・オルデンバーグ著)という本が出ている。かなり分厚いが、難しい内容ではない。
それによると、サード・プレイスの具体的な場所として、イギリスのパブ、フランスのカフェを挙げている。なんとなくわかる。日本なら居酒屋か。江戸時代なら風呂屋。井戸端もそれに入るだろう。要するに、家庭か職場の近くにあって、人が寄り合って、わいわいがやがやできる場所である。
それが大切だということである。当たり前過ぎて、特にコメントすることもないが、考えてみると、そういう場所が少なくなり、社会に潤いが少なくなっているのではないかという気もする。
団地やマンションでは住民の交流は減っている。地方では過疎が進み、集う人すら限られてしまっているところもある。人が集う居心地のいい場所や環境が減っているとしたら、それはちょっと問題である。
その一方で、厳然とサード・プレイスが形成されている場所もある。ジイさんたちが、夕暮れ前、居酒屋の店先でたむろしているのを見かける。ちょっと飲んでワイワイやって、さっと帰って行く。意識しようがしまいが、居心地のよいサード・プレイスとなっている。
先だって「ハッピー・アワー」について書いた。あれである。夕暮れ時の一杯。写真は、午後ずっとハッピーアワーの店である。
サード・プレイスとしてのハッピー・アワー。ま、理屈はともかく、暮れ六つ前に、近場でパーッとやりましょう。
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