『R.S.ヴィラセニョール』 日本とフィリピンのはざま
乙川優三郎の新刊。風変わりなタイトルは、主人公の名前である。Rはレイ、Sは日本名、市東鈴。父親の名はリオ・ヴィネセニョール。フィリピンの男性と日本女性の間に生まれたハーフ(スペイン語だとメティスソ)である。
レイは親里を離れ、房総の御宿(乙川作品ではしばしば舞台になる)で草木染めを生業としている。浮き世離れした芸術家というか職人である。親は月島に住む。父親リオはフィリピンから出稼ぎとしてやってきた。ダンスショーのプロモーターなどの仕事をし、それなりの暮らしをしている。日本人と結婚した。安定した暮らしは続き、娘にも美大で染色を学ばせることができた。
前半は、少々退屈である。草木染めの説明が語られるのだが、こちらはその方面に疎い。型彫り、型摺染めなど、絵でもあれば少しはわかるのだろうが、それもない。興味のない授業を聴いているようで、眠くなる。ただし、レイが乙川作品にしばしば登場する芯の強いキリリとした女性であることはわかる。
後半になってがぜんおもしろくなる。それはフィリピンの戦後史である。今も経済発展の陰で貧困が深刻な社会問題となっている。銃社会でもある。
戦後、マルコスが手練手管でのしあがり、独裁者となった。福祉などはそっちのけで蓄財に励んだ。反対派には圧力を加え、多くの人を殺害した。リオの父、レイからすると祖父も、マルコス勢力により、拷問され殺された。
リオは体調を崩す。ガンであることがわかる。リオはマルコス政権が崩壊しても過去の負債から脱出できないフィリピンの歴史を語る。レイにとってフィリピンは遠い国であるが、メティスソとしてフィリピンの血が流れていることを知る。
前半と後半では趣がことなるが、草木染めやレイをとりまく男たちのことも描かれる。
じっくり書き上げた作品である。主人公のレイは乙川作品に共通する古風でしっかりした女性であるが、それをメティスソとしたところが新趣向である。
レイにはフィリピンの熱い血も半分流れている。それが彼女の次の行動へと駆りたてる。
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