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2017年7月 1日 (土)

黒川の首なき石仏

  

 梅雨の合間、黒川に行ってきた。

 黒川は川崎市最北部にある静かな地域である。里地・里山が広がり、自然散策にはもってこいの場所である。新百合ヶ丘から歩くと一時間ほどかかるが、近頃はもっぱら小田急多摩線を利用している。

 黒川駅から15分ほどのところに毘沙門天堂がある。あることは知っていたが、どこにあるのかわからなかった。廃仏毀釈により首がもがれた石仏というか野仏があるというので、ぜひ見ておこうと思い、出かけた。

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  地図上ではどのあたりかわかるが、見あたらない。写真の真ん中あたりに細い道を見つけた。草をかきわけ進むと小さな鳥居があった。そのわきに石仏が並んでいた。

 これが首なし石仏である。これが石仏なのかと思う。写真では見にくいが、右側の石仏の胸のあたりに右手の指があることがわかる。なるほど首がもぎれている。

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  明治初めに、廃仏毀釈があったことは誰もが知っているが、細かなことはよくわからない。背景には明治政府の宗教政策があるが、各地で一斉に起きたわけではない。さみだれ的に多発した。強弱がある。個別に、誰が指導し、だれが実行したとなると不明な点が多い。

 どの宗教、宗派が標的になったかというと、真言宗や神仏習合的な寺院が多いが、これも地域差がある。

 わからないが、結果として、仏教を押しやり、日本は国家神道の道を歩むことになった。

 廃仏毀釈は歴史の転換期における集団ヒステリーのような現象であるが、その背景には明治政府の明確な意図があったと考えてよい。

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コメント

歴史には多くの負の遺産も多いですね。しかし、現代人の感覚では理解不可能な現実があった事も事実です。歴史と真剣に向き合うという事は非常に難しいと思います。

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