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2019年1月30日 (水)

「メアリーの総て」  フランケンシュタインの著者

 

フランケンシュタインはよく知られた怪物である。寂しい怪物というイメージがある。原作は読んでいない。誰が書いたかも知らなかった。

 それがメアリー・シェリーという女性が十代で書いたものだと知って驚いた。まさか女性が書くわけがないという思い込みがあった。

 そのメアリー・シェリーが「フランケンシュタイン」の物語を書くに至った経過を描いた映画である。

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  川崎市アートセンターで観てきた。「メアリーの総て」というタイトルはちょっと違和を感じるが、ま、それはどうでもよい。総て、ではなく、彼女の数年を描いている。

 メアリーは詩人パーシー・シェリーに惹かれ、駆け落ち同然で家を出る。愛し合う二人だったが、シェリーには妻子がいた。それを知り動揺するが、シェリーの巧みな言葉に幻惑される。シェリーは詩人だもの、口がうまい。駆け落ちにはどういうわけか、妹(父親の再婚相手の娘)も同行している。そしてバイロンが登場し、シェリーと一緒に、旅行したり、別荘で同居したりする。

 パーシーは日本で言うと、自由恋愛をとなえる大杉栄のような人物である。政治的ではないけれど。

 メアリーは経済観念のないパーシーに翻弄され、生まれた娘を死なせてしまうなどの混乱した日々を過ごすことになる。母もメアリーを生んですぐ亡くなっている。彼女には死がつきまっており、死者を蘇らせることはできるのかといった思いにとらわれていく。それが「フランケンシュタイン」の構想へとつながっていくわけで、わかりやすい。

 いま、ネグレクト(見捨てられる)とか孤独とかが社会問題となっているが、この小説とつながっているのを感じる。

 映画はよくできている。小説「フランケンシュタイン」が世に出た経過も興味深いエピソードになっている。そのエピソードはぜひ映画館でご覧いただきたい。

 

 夫のパーシー・シェリーは「冬来たりなば春遠からず」という詩の一節で、日本でも知られている。

 映画を観て「フランケンシュタイン」を読みたくなった。

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