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2020年1月19日 (日)

ケンコバと志らぴー

 床屋に行った。

 床屋という表現は古いか。いま風なら、理髪店とかヘアカットとかだろうが、ま、どうでもよい。

 隣に座った客が、どんなカットにするかオーダーしていた。

「短くして。3ミリぐらい。ケンコバ風に」

 ケンコバって、どんな髪型だったか思い出せない。短髪なのはわかるが・・・。

 帰りがけに鏡に写った男の顔を見た。

 ケンコバというより内山くんだった。ちょっと笑った。

 落語には床屋が出てくるものがある。「浮世床」が代表だが「崇徳院」にも出てくる。

「瀬をはやみ岩にせかかる滝川の・・・」という崇徳院の和歌を手がかりに、若旦那の恋の相手を捜そうとして、床屋や湯屋を歩き回るという噺である。

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 立川志らぴーの落語会でのトリの演目が「崇徳院」だった。

 前座であるけれど、大ネタに挑む姿勢はよい。修行すれば間違いなくうまくなる。今回、「饅頭怖い」「あくび指南」という軽い噺のあとの「崇徳院」。

 落語が上手いかどうかは、聴いていて心地よいかどうかである。テンポが悪かったり、間の取り方がずれると、耳障りになる。これは練習すれば確実に上手くなる。

 さらに、名人上手となると、これに、ふらが加わる。ふらとは、にじみ出る独特のおかしみを言うが、これは練習しても身につかない。自分のふらを見つけることも大切だ。志らぴーもそのあたりを自覚して精進してもらいたいと、ちょっとエラソーに助言しておく。

  家に帰り、ネットでケンコバのカットを確認した。

 ふーん。なるほどね。年寄りがそれに近い髪型をすると、ちびまる子のおじいちゃんになってしまう。

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