「アイダよ、何処へ?」
ユーゴスラビア内戦関連の本はこれまで何冊も読んだ。ユーゴについては多少の理解はあるけれど、わからなことが多い。多民族、多宗教の歴史は複雑である。わかっているのは、ユーゴ解体後の国名をスロベニア以下すらすらと言えることぐらいだ。
内戦でもっとも戦闘が激しかったのはボスニア・ヘルツェゴビナである。民族間の対立は長引いた。セルビアによる侵攻(独立阻止)により多くの人が犠牲となった。民族浄化ということばが使われたが、一方的なものではない。やられたらやりかえす。互いに相手を痛めつけた。である。
アートセンターで「アイダよ、何処へ?」を観てきた。
1995年、セルビア軍はボスニア東部の街に侵攻した。市民は国連軍(オランダ軍)の避難施設に逃げ込んだが、すべてを収容できるわけではない。国連軍の通訳として働くアイダは収容所の外にいた夫と二人の息子を中に入れる。セルビア軍のムラデッチ将軍は危害は加えないと避難民を別の場所に移動させようとする。が、信用はできない。男は皆殺しにされる恐れがある。アイダらはオランダ軍に移動させないよう懸命に働きかけるが・・・。
映画はユーゴ内戦の一断片を描いている。だからセルビア軍の悪辣さ、オランダ軍の無能ぶりだけが目立ってしまう。事実ではあるけれど一面的な描き方である。ま、それもいたしかたないか。
原題は「クオ・バディス・アイダ」。ペテロは、クオ・バディス・ドミネ(主よ、何処へ行きたもうか)と問うた。新約聖書にあることばである。
アイダはどう生きていくのだろうか。強靭な精神の持ち主である。たくましく生きていくに違いない。
ついでのひとこと
何年か前、ボスニア・ヘルツェゴビナの街を訪れたことがある。街にはキリスト教の教会とモスクが乱立というと大げさだが、いくつも並んで建っていた。昔からイスラムもカソリックも併存していたことがわかる。対立はあったとしても共存していた。
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