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2022年1月21日 (金)

「ハウス・オブ・グッチ」

 我が家にグッチブランドはあるとかと妻に問うと、ないという返事。ま、そうだろうな。GUCCTは見かけないけど、カルダンとかイブ・サン・ローランのスリッパやタオルはあった。グッチとは関係ないか。

  イオンシネマで「ハウス・オブ・グッチ」を観てきた。監督はリドリー・スコット。かなり凝った演出をしているんだろうなと想像する。

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 グッチ家の物語である。1970年代から30年ほどが描かれる。構図を単純化すると、二人の兄弟がグッチの株式を50%ずつ取得している。パトリツッア(レディー・ガガ)は弟の方の息子マウリツッオ(アダム・ドライバー)に近づいて結婚にこぎ着ける。マウリツィオは叔父アルド(アル・パチーノ)の庇護もあり、グッチ一族内での地位を固めていく。

 グッチという虚栄の中で、それぞれの思惑、経営感覚のズレといったものが交錯して対立を深めていく。このあたりを劇画の大胆なカットのように、あるいはミュージカルのシーンのように軽快に描いている。リドリー・スコットの巧みな演出が光る。

 アルドの息子・パウロ(マウリツゥオからすると従兄弟)がおもしろい。ジャレット・レロが無分別というか奔放な生き方を大仰に演じている。狂気じみていて笑える。

 グッチの創業者は靴職人であり、経営感覚に優れているわけではない。グッチというブランドをつくりあげたのだが、発展・維持させるには息子たちには荷が重かったと言うべきか。さらにそれを加速させたのがパトリツッアである。彼女の野心、嫉妬がグッチ一族を壊滅させることになる。

 パトリツッアが次第に悪女化していく姿とパオロのはったりをかます大仰な振る舞いが印象に残る。

  日本人について語られるおもしろいシーンがある。アルドは片言の日本語を使う。日本人は素直で、グッチブランド品をよく買ってくれる、大得意だ。だから日本語をおぼえた。日本人を皮肉っているわけではない。とくにバブル期はグッチをよく買った。買いあさったと言うべきか。

  一族の血は途絶えたが、いまもグッチブランドは健在である。

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  イオンシネマでは、一席ずつ空ける格子縞の座席に戻した。これだけ感染者が急増する事態となっては致し方ない。観客としてはとなりの席にカバンが置けるから歓迎だ。

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