指されなかった最後の一手
三連勝。まもなく藤井五冠が誕生する。まちがいなかろう。勢いが違う。
スポニチ(主催)など普段はまったく読まないけれど、対戦ページを開いて棋譜を追う。ハイレベルな戦いで、これが妙手と言われても素人にはわからない。
数日前の東京新聞、「月刊掌握小説」というページがある。このページを読むことはまずない。将棋の話らしいので読んでみた。作者は藤谷治。知らない作家だ。
内容は真部一男八段に関するものだった。真部八段といっても知らない人が多いだろう。2007年に亡くなっている。深酒がたたって55歳という若さで命を落とした。眉目秀麗、美剣士を思わせる風貌で人気があった。サウスポーで指す手つきがかっこよかった。
その最後の一局は豊島四段(当時)との対戦だった。先手の豊島が三十三手目、銀を引いたところで、真部は投了した。体調が悪く、戦う体力も気力も限界にきていた。後日、弟子の小林宏六段が病院に見舞いに行ったら、「あの対局で私が4二角と指していたら優勢だったはずだ」と真部は語った。たしかにそう指していたら相手は対応に困っただろう。が、真部は指さなかった。
それから一月もしないうちに真部は亡くなった。通夜の日、小林は対局があった。対局の合間に中座し、他の対局を見た。村山慈明四段と大内延介九段の対局。棋譜をみると真部・豊島戦と同じ展開だった。大内は三十四手目、4二角と指した。それを見た相手の村山は110分の長考に沈んだ。大内が優勢になった。しかし終盤、村山が逆転し、大内は負けた。
対局後、大内に真部の最後の対局のことを伝えると、大内は、そうだったのか、それは真部君に悪いことをしたと語ったという。
大内のことばは印象に残る。ちょっといい話である。そのエピソードは棋界では有名だったらしいが、私は知らなかった。
もうひとつ、いい話がある。真部の「幻の4二角」は妙手に与えられる升田幸三賞の特別賞が与えられた。実際には指されなかった手に与えられたのはもちろん初めてのことであった。
さて、王将戦第4局は2月11日に始まる。そこで決着がつくか、このまま行っちゃいそうな気がする。
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