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2022年3月 3日 (木)

小朝の落語 「籐十郎の恋」

菊池寛が落語になる日』(2/25)で、書き残したことがある。それを少し。

 巻末に浅田次郎との対談が載っている。その中で小朝は「藤十郎の恋」を落語にしたいのだが、うまくいかないと語っている。  

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 菊池寛の小説のおもしろさの一つに、自画像と世間(周りの人物)のずれがある。相手の気持ちはわからないけど、自分はそう思っている。最後に、そのずれが明らかになる。えっ、そうだったのかという落胆。そしてどう振る舞うか。ひとの心を無惨にえぐることもある。残酷であるけれど、おもしろい。そう思うこと自体が残酷なのかもしれない。

「藤十郎の恋」は籐十郎ではなく、偽りの恋の相手・お梶の視点で描いたらどうだろうか。原作と大きく離れてもかまわない。

 もっと違う味わいが生まれるのではないか。さらに時代を現代に置き換えてもよい。女はしたたか、籐十郎のことばなど偽りだと悟っていたというストーリー。もちろんたっぷりユーモアをこめて。

忠直卿行状記」などはさらに落語にしやすい。落語には大店の若旦那はごろごろ登場する。現実社会でも二世三世のジュニアが神輿に乗っかっている。材料はいくらでもある。

 ついでのひとこと

浪花の恋しぐれ」も「藤十郎の恋」と重なる。

 芸のためなら 女房も泣かす それがどうした 文句があるか

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