その前日 12月13日
赤穂義士ものが今でも人気なのはなぜか。それは別れをテーマにしているからだと神田伯山は先輩の愛山から教わったと語っている。腑に落ちた。そこから「赤穂義士銘々伝 大高源吾」につなげている。
なるほどと思う。講談や浪曲はそれほど耳にする方ではないが、ときどき国本武春をCDで聴いている。義士ものでは「南部坂雪の別れ」「赤垣源蔵徳利の別れ」。いずれも別れである。
討ち入り、その前日の12月13日、親しい人に暇乞いに行く。むろん明日のことを打ち明けるわけにはいかない。それとなく今生の別れであることを告げる。聞いた方もそれとなく察することもある。が、それを態度にあらわすことはない。いい場面である。
12月13日は煤払いの日である。家光の時代に始まったという。煤払い用の竹の束を売る連中はこの日が竹を売る最後の日となる。明日からは初夢用の宝船の絵を売る。「えー、おたから、おたから」と言って売り歩いた。
大高源吾は俳諧でも知られている。
「年の瀬や水の流れと人の身は」との発句にこたえて、「明日待たるるその宝船」とつなげている。この意味は・・・。講談はそのあたりを描いている。
ついでのひとこと
討ち入りの歌といえば、三波春夫の「俵星玄播」がある。討ち入りの手助けをしようと吉良邸に駆け付けるが大石に制止される。そこで見たのはそば屋の十兵次だった。蕎麦屋が討ち入りの一人だったことを知る。それが今生の別れだった。
槍は錆びても此の名は錆びぬ・・・
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