「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
ことしのアカデミー作品賞は長いタイトルの「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」がとった。
コインランドリーを経営するフツーのおばさんが活躍するアクション・エンターテイメントで、全米で大ヒットした。さぞや面白いだろうと観に行ったのだが、さほどでもなかった。目まぐるしい展開について行けなかった。寝不足もあった。
中国系の主人公エヴリンはコインランドリーの納税手続きに手を焼きながら父親の介護をしている。夫は頼りにならないし、娘は反抗的。悩みは多い。そんな折、夫に宇宙から指令がくる。エヴリンに宇宙の悪を倒せという指令である。そこからハチャメチャ、マルチバース(多元宇宙)ものである。
訳のわからないことが起き、エヴリンはカンフーで闘うことになる。めまぐるしいアクションが続く。かつての香港カンフーもの、ジャッキー・チェーンが登場するような展開である。
めまぐるしいが、締めくくりは家族愛である。母親中心に家族の絆が強まるといった形で収束する。こういうの、最近のハリウッドものではありがちなんだよね。
家族の絆が社会的に取りざたされることが多くなった。統一協会は家庭第一を強調している。エホバの証人は子供に対する厳しいしつけである。絆は、梗塞のひもであり、首かせである。子を拘束する。愛情といううちはよいが、過ぎれば虐待となる。
理想的な家庭像といったものはもはや存在しない。それに気づかないと、子に親は身勝手な理想を押しつけることになる。子にとっては迷惑なことで煩わしい。
映画は大ヒットし、アカデミー賞までもとった。お気楽娯楽砂作であり、スカットする。アメリカの人たちは、それだけではなく、映画の奥に流れる家庭愛といったものに惹かれたのかもしれない。わたしは感じなかったのだが・・・。ねむたい。
ついでのひとこと
マスクをするのは個人の判断となった。着用する人は激減するかとおもったが。そうでもない。
茨木のり子の詩を思い出した。それをパロって。
わたしが一番きれいだったとき
わたしはマスクをしていた。
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