『侠』松下隆一の流儀
図書館で借りた『羅城門に啼く』を読み始めた。作者は松下隆一。もともとは脚本家であるが、小説も書いている。先だって『侠』を読んだ。おもしろかった。で、以前書いたものを手にした。
『侠』はこんな小説である。
60になる銀平は体調が思わしくない。かつて賭博の凄腕でならしたが、いまは下町で蕎麦屋を営んでいる。人ひとりが生きていける小商いである。
その蕎麦屋に何人かの人物が訪ねてくる。客であったり、むかしの知り合い、銀平に過去を思い起こさせるような人であったりする。
病はすすみ、死期は近い。銀平は残る力を振り絞って最後の賭場に向かうことになる
ま、よくある時代小説、市井ものだが。なかなか読ませる。すがすがしい虚しさと言ったらよいか、からりとした心地よさがある。
会話がいい。説明的なむだな会話はない。本業は脚本家、そのあたりは手慣れたもの。
さらに、伏線の回収という点で気をつかっている。これは脚本家が意識するところだ。過去の事件がよみがえったり、むかし出会った人物が登場して、結末に向けて収束していく。
伏線の回収などそれほど気にしなくてもいいとおもうのだが、そのあたりは脚本家の宿命だろう。回収という視点で読んでみるのもおもしろい。
最初にもどって、『羅城門に啼く』。平安期の京。疱瘡がはやり、餓死者もあふれている。イチは仲間とクマとヤマと連れて盗み、押し込みを繰り返していたが、空也上人と出会い、改悛する。死者を弔っているうちに、死にかけている若い女に出会う。そして介護するうちに、この女は、かつて自分が殺めた人物の娘だと確信する。
このあたりまで読んだ。伏線はどう回収されていくかに興味は絞られるが、長谷川伸の股旅物と重なるような匂いもする。
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