『死生観を問う』
浄土とか常世と呼ばれるものは西の方にあると信じられてきた。西方浄土であり、海の彼方か陸続きかはともかくとして西の方角である。
なぜ西なのか。おそらく夕陽と関係があるのだろう。夕陽が沈んでいくシーンはなんとも美しい。太陽がわずかに動いていることがわかる。陽は沈み、やがて陽の光は衰え、暗くなっていく。そこになんとなく永遠を見る。浄土とストレートにつながっていくかどうかは個人の思いだろうが、方角としては西だろう。金子みすゞは、昨日流した燈籠は西へ西へと海と空のさかいまでと書いている。
島薗進の『死生観を問う』を読んでいる。目が悪くなったので、読むスピードも読書にかける時間も減った。ゆっくりである。この本は朝日新聞の月刊誌「一冊の本」連載されたものをまとめたものである。連載中に読んでいるが、ほとんど忘れてしまっている。記憶に残っているのは少ない。
詩歌や古典物語を手がかりして、日本人の死や生についての思い、死生観を解説したものである。多岐にわたっているが、本書の趣旨からすると隅っこになるが、ひとつだけ記しておく。
万葉集にある大伴旅人の酒を詠んだ歌である。雑誌で読んだときはこういう歌もあるのかと笑ってしまった。
この世にし楽しくあらば来む世には虫にも鳥にも我はなりなむ
輪廻などどうでもよい。酒を飲んで楽しければ来世に蠅になろうが雀になろうとかまわない。さあ、飲もう、といったところか。現世を肯定する。そういう死生観もあるということをこころに留めておこう。
きょうはここまで。書きたいことはまだある。続きは近いうちに。お勧めの一冊です。
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