ルビ
『癲狂院日乗』を読んで、車谷長吉の文章の、地を這うような妖しい雰囲気をあらためて感じた。念仏のようでもある。癖になる。で、『赤目四十八瀧心中未遂』を読み返した。
ルビが多い。
市に「まち」とルビが振ってある。文春文庫の4ページには、4カ所の「市」がある。ふつう「まち」と読ませるなら、街か町である。それを「市」としているのは、車谷のこだわりである。
関連して、市中はどう読むのがよいのか。市中引廻しは「しちゅう」と読むのがふつうである。だが、江戸時代は、まちなか、いちなかとも読んでいた。どれでもよい。絵双紙に「しちう」と仮名が振ってあるものを見たことがある。
しちゅうが優勢のようにも思えるが、俳句では、しちゅうとは詠まない。「まちなか」か「いちなか」である。夏目漱石に市中の俳句があったのを思い出した。調べてみたらすぐ見つかった。
市中に君に飼はれて鳴く蛙
『四十八瀧』にもうひとつ興味を引くルビを見つけた。
生霊に「いきすだま」と「いきりょう」のルビが振ってある。同じページ(p.104)にである。この使い分けが妥当か繰り返し読んでみたが、よくわからない。著者には意図があったのだろう。
いきすだまのほうがいきりょうより呪いが強いようにも思う。六条御息所の生霊をちょいと思い出した。
ついでのひとこと
昨日の朝 新百合ヶ丘でも雪が降った。今年は、ちらつく程度しか降らなかったのに積もるような雪になった。ちょいと外に出ただけなのに傘は白くなった。
我が雪とおもえば軽し傘の上 其角だっけ。
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