あの8月15日
阿刀田高氏の『90歳、男のひとり暮らし』のなかに、姉の同級生が出てくるくだりがある。姉は東京女子大の学生。同級生の瀬戸内晴美(寂聴)さんと近藤富枝さんがときどき遊びに来ていた。ああ、そうか、近藤さんもいたのか。
近藤富枝さんは、のちにNHKのアナウンサーを経て、ノンフィクション作家となる、アナウンサー時代、終戦の玉音放送に立ち会っている。
以前にも書いたが、天皇のことばのあと、和田信賢アナウンサーは、ことばを繰り返し、ポツダム宣言を受託にいたった経緯を丁寧に説明した。「耐えがたきを耐え忍び難きを忍び・・・」だけではよくわからない。
近藤さんは『大本営発表のマイク』の中で和田アナのことを次のように書いている。
「敗戦は日本国民未曽有の出来ごと、その痛恨、悲哀、嘆きを一語、一語にこめながら、ていねいに、誠意をこめて、まるでたがねを打ちこむかのように、たしかめたしかめ語るアナウンサーの思いのただしさ、厳しさ、言葉の美しさに私は心で感嘆の声を挙げた」
放送が終わると、和田アナは部屋に戻り、室長席に腰を下ろした。近藤さんはコップに水をついで運んだ。ありがとうと和田さんは言って。一気に飲み干した。
そして、勤務を終えて局をでると、空から黒い切片が空から降ってくるのに気付いた。外務省や海軍省が機密書類を焼いていたのだ。空は薄墨色に染まっていた。
新橋のガード下で張り紙を目にした。戦争継続を促す「いまこそ決起せよ」というアジビラだった。戦争を終わらせたくない軍人もいた。
歴史の教科書には載らないような歴史のディーテイルがここにある。細部は隅においやられ、埋もれてしまうが、ここには忘れてはならない細部がある。
岡上の古老から、この日のことを聞いたことがある。それについては別の機会に。
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