鶴川落語 正蔵・喬太郎
ここ数日、ひどく寒い。風が冷たい。木枯らしとはこういうものか、夏の長い猛暑で忘れてしまっていた。温かくして出かけたが、手袋の指先から凍えていく。ホカロンを持ってくればよかった。
鶴川落語。今回は林家正蔵、柳家喬太郎二人会。人気の噺家だからチケットは早々に完売となった。どんな演目になるか。年末だから、「芝浜」とか「掛取り」が定番となるが、ま、やらないだろうな。
今回の演目
正蔵 雛鍔
喬太郎 紙入れ
喬太郎 時そば
正蔵 浜野矩隋
鶴川での喬太郎のマクラは、決まって箱根そばネタである。箱根そばは小田急沿線にある立ち食いそば屋。ここのコロッケ(カレーコロッケ)をかけそばに乗せる。この組み合わせがいい。タマゴでもかき揚げでもない、トッピングの意外な組み合わせを語る。何度も聞いた。マンネリだけど、ま、いいか。喬太郎自身は箱根そばより、小諸そばの方が好みらしいが・・・。
そこから、すんなり「時そば」に入った。喬太郎らしいひねりがあるかと思ったが、古典噺どおりの展開、オチとなった。
正蔵は「浜野矩隋」。先々代の円楽が得意としていた。現在よく演じられるかどうかは知らない。たまに聴くことがあるからそこそこにはやられているのだろう。
腰元彫りの彫師の噺である。矩隋が名人と言われるまでになるかを描く。父親に負けないほどの彫りの技術を身に着けるが、その前に母親は自ら命を絶ってしまう。
ちょいとトリビアな話題となってしまうが、母が死ぬのはかわいそうだと死なせないストーリーもある。こっちの方が多いやり方が多くなっているような気もする。
正蔵は、簡単に命を絶つストーリーとしている。本来のやり方である。悲劇的な雰囲気はなかった。悲しくもない。正蔵のホンワカしたキャラがストーリーをやわらげているのだろう、持ち味である。
ところで、今回、「マッテマシタ」とか「タップリ」と声をあげる客がいた。やたら声をあげる。うるさいほど。
やめてもらいたい。一回で十分。励ましの掛け声になっていないことが、わからんのかねえ。
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