国民の不断の努力
ノ―ベル平和賞の受賞式がノルウェイのオスロで行われた。念のために言っておくと、スエーデンのストックホルムではない。受賞者の、ベネズエラのマチャドさんは間に合わなくて娘さんが受賞の演説を代読した。
「私たちは民主主義を当たり前だと思っていた。それは誤りだった。ひどい誤りだった」
民主主民主主義はもろい。油断するとたちまち軍部が政権を握ったり、選挙結果をゆがめてしまったりする。自由だの民主主義は吹き飛ばされてしまう。そんな趣旨だった。
浮かれていると簡単に足をすくわれてしまう。思い出すのは日本国憲法の第12条である。同様の注意を促している。
「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。」
自由は不断の努力があって保持される。そうじゃないと危うい。憲法議論で、12条など見向きもされなくなっているが、重要な条項なのだ。
朝日新聞は、独裁体制国家が民主主義体制を上回ったことを伝えている。信じられないが、独裁体制の国が91,民主主義体制の国が88になっているのだそうだ。
1989年、ベルリンの壁の崩壊をきっかけに非民主主義の体制は激減すると思っていたのだが、現実にはそうはならなかった。自由は後退し、独裁国が増えていった。
ベネズエラも独裁体制の国になってしまった。アメリカをはじめとする諸外国の圧力によって今後どうなるのか、どういう方向に進むかはわからない。見守るしかない。
自由とか民主主義は、国民の不断の努力がないと保持できない。さしあたっては、それを心に刻み付けておこう。
自由や民主主義が危うくなる予兆はある。それについてはいずれ書く。
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