ネガティブ・ケイパビリティ
ネガティブ・ケイパビリティということばを見たり聞いたりすることが多くなった。そのことばを知ったのは、10年以上前、帚木蓬生の著作『ネガティブ・ケイパビリティ』によってである。興味深く、面白かったのだが、ひとに説明するのは難しい。
定義すると、不確実さや曖昧さ、答えのない状況に耐え、柔軟に思考を深める能力となるが、具体例をあげて易しく説明するとなると、さて、となる。
チャッピー(チャットGPT)に、上手く説明する実例はあるかと訊いてみた。しばらくして、アナタは落語が好きなようなので、古典噺を挙げておくとの回答があった。なぜ落語好きを知っていたのか、以前そんなことを書いたかもしれない。それはともかく、チャッピーは、例として、芝浜 文七元結 死神を挙げた。なぜそうなのかの明確な回答はなかった。まずは自分で考えてみよということか。なぜの部分は聞き手に委ねる、想像する余地を残すということか。ちょっと違うような気もするが、ま、いい。
「文七元結」を考えてみる。主人公の左官の長兵衛は、借りた50両を身投げをしようとした見ず知らずの男にくれてしまう。50両なければ店に帰れない、死んで詫びるしかないと男は言う。長兵衛は困ってしまう。50両は娘のお久をカタに借りた金だ。返済できなければお久は吉原に身を沈めることになる。大切な金だ。それを見ず知らずの男にくれてしまう。なぜくれてしまうのか、そこがこの噺の最大の謎というか疑問である。なぜ・・・。
腑に落ちない。明快に説明されないと観客は納得できない。納得できるようにもっていくのが噺家の技量である。娘より、目の前の人の命のほうが大切とするのだが、そういうに二者択一を長兵衛は迫られるわけで、無理やり金を男に押し付けて、その場を立ち去ってしまう。
これがネガティブ・ケイパビリティと言われると、違うような気もする。選択を迫られ、その状態に耐えるというのならわかるのだが・・・。
落語で思い出した。立川志の輔がマクラで語っていた。YES or NOと問われ、迷ったらORと答えよと語っていた。なるほど。二者択一には困ることがある。どっちでもない、あるいはどっちもである、だから、ORあるいはANDという返答もある。
そういう宙ぶらりんの状態で、結論を急がず。どっちでもない、どっちもあるとするのが正解かもしれない。決めつけない、結論を急がない、ちょっと立ち止まって考えてみる。
といったことで、もっと実例を挙げて説明しようとしたのだが、ちょっと疲れた。
きょうはここまで。続きは日をあらためて。
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