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2026年4月 3日 (金)

志賀の都の山桜

 旅行の続きである。賀の都の桜のはなし。

 ひとは別れの話は好きである。小説や芝居でも別れのシーンがあるものに惹かれる。たとえば忠臣蔵。そこからスピンアウトした「義士銘々伝」は講談、浪曲、歌舞伎などの定番となってい。討入りの前日、親族、友人らに暇乞いをする。もちろん翌日の討入りを明かすわけにはいかない。それとなく今生の別れを伝える。「赤垣源蔵 徳利の別れ」「南部坂雪の別れ」が代表である。

「平家物語」でもいくつもの別れの場面がある。もっとも美しい別れは、平忠度と藤原俊成の別れの場面だろう。

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  京を落ち、一の谷に向かう忠度(タダノリ)は、数騎の侍とともにとってかえし俊成の屋敷にたどり着く。和歌の師である俊成に巻物を手渡す。百首ほどの自作の和歌で、勅撰集をまとめられると聞いたので、よきものがあれば載せてほしいと願った。そして西に落ちていった。今生の別れである。のちに俊成はその巻物から一首だけ「千載集」に載せた。ただし、忠度は朝敵になるので名を出すのははばかられる。詠み人知らずとした。その和歌がこれ。

 さざなみや志賀の都は荒れにしを 昔ながらの山桜かな

 舞台は大津だろう。むかし、五年ほど都が移されたことがある。今はさびれてしまっているが、山桜だけが昔のように咲いている、といった意。

 大津のちかくに長等山(ナガラヤマ)がある、昔ながらは長等山の掛けことばになっているのを付け加えておこう。

 その後、忠度は一の谷で戦死する。その箙(エビラ)には紙が結ばれていた。和歌である。

 ゆきくれて木のしたかげを宿とせば 花や今宵の主ならまし

 平家物語の忠度のくだりは名シーンである。

 明治時代の文部省唱歌に「青葉の笛」がある。この二番に忠度のエピソードが歌われている。

   更くる夜半に門を敲き 

   わが師に宅せし言の葉あわれ 

   今わの際まで持ちし箙に

   残れるは「花や今宵」の歌

 ネットで「青葉の笛」を引くと、倍賞千恵子の歌唱がトップになっている。

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