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心と体

2026年3月16日 (月)

長生きすれば楽に死ねる

 わたしの両親は、いずれも満85歳で亡くなった。あと6年で追いつく。

 そこまで生きられるか、それ以上長生きするかわからないけど、わたしにとって85がひとつのマイルストーン(中間目標地点)だと思っている。介護不要の自立した老人でありたい。

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 阿刀田高さんは91になった。新潮社のPR誌「」三月号にエッセイが載っている。「91歳、男のつれづれ」。『90歳、男のひとり暮らし』が話題を呼んだ。その後の近況エッセイである。  

 友人の医師から「長生きすれば楽に死ねる」と言われたそうだ。なるほど、長生きすると、痛みも苦しみも薄れる、ような気がする。

長く痛むのは御免蒙る。朝起きたら、死んでいた、ぐらいならサイコーだ。といったことを考えていると、90ぐらいまでは元気に生きようという気になる。

 話は変わる。この雑誌。うすっぺらいが内容は濃い。心地よい連載が多い。なぜ心地よいのか、わかった。執筆者に同世代かそれ以上の高齢者が多いのだ。

 80歳以上を3月号の目次を眺めながら挙げると、筒井康隆、船橋洋一、阿刀田高、下重暁子、椎名誠。90過ぎた人もいる。

 今月号で中村うさぎの連載が終わる。これはちょっと残念。

 ついでのひとこと

 写真は玉縄桜。3月に満開になる。ソメイヨシノよりうんと長く咲く。

2026年1月31日 (土)

搔痒記

 去年あたりから腰の周りがかゆくなった。それが背中に広がっていった。液状のムヒをぬってかゆみを抑えてきたのだが、治るようすはない。

 皮膚科に行ったら、皮膚が乾燥してかゆくなるのだと、ろくに患部を見ずに診断された。乾燥肌とは意外。正式な病名は「皮脂欠乏性湿疹」。ま、老人性カユカユ症ということだろう。塗り薬と保湿クリームを処方された。

 これが効かないのだ、ふたたび皮膚科に行ったら、別のステロイド入りの塗り薬を処方された。

 すこし効いたようだったが、もとに戻った。たいして効かない。藪医者め! この皮膚科には行かないことにした。

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 要はかゆみが止まればよい。薬局に行って、かゆみ止めを探した。塗薬はたくさんある。どれを選んでよいかわからない。しかも少量で結構高い。とりあえず、先だってテレビCMでみた新製品のメンソレータムかゆみ止めを買ってみた。メンソレなら安心感がある。

 朝と、風呂上りに塗ることにした。そこそこの効果はある。かゆみの程度も減った。夜中に目覚めるとかゆい。そんなときはめんどうなので液状ムヒを塗る。これでかゆみは治まる。

 治るまでにどのくらいかかるかわからない。乾燥肌は齢のせいだろう。保湿クリームを塗るせいだろうか、手の皮膚がスベスベになった。若返ったような気がする。若鮎のようなとまではいかないけど、手だけなら30代に見えるかもしれない。

 ついでのひとこと

 メンソレータムの製造元は近江兄弟社だったが、今はロート製薬になっている。

 近江兄弟社は、メンタームとして販売している。

2025年7月12日 (土)

痛みはどこから

 腰の痛みはいくぶん和らいだ。屈んだりするとイテテテとなる、靴下が履けない、などなどあるけれど、ひっくりかえるほどの痛みはなくなった。

 新聞に痛みということばがあると、すかさず反応する。先だっての毎日新聞に「慢性疼痛の陰にADHD」という記事(7/2)が載っていた。

 慢性的な強い痛みがあると、約4割にADHD(注意欠陥多動性障害)の症状がある。ADHDの薬を痛みのある患者に投与すると、痛みが緩和する、あるいは無くなるという例が多い。因果関係はともかくとして、ADHDと疼痛に相関性があると考えてもよいという内容だった。

  痛みが心因的なものからきているという話はよく聞く。胃痛などそうだ。心的ストレスが原因である。

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 それで思い出したのが夏樹静子さん。人気のミステリー作家。10年ほど前に亡くなったので、今は知らない人が多くなっているが、ミステリー小説はレベルが高く、愉しませてもらった。その夏樹さんは腰痛に悩まされた。いつくもの治療(整形外科から民間療法まで)をうけたが一向によくならなかった。ようやくたどりついた病院で、心因性のものと診断された。そこから心療内科による治療が始まった。ついには断食療法。これによりようやく腰痛は緩和されることになった。その辺りの事情は『椅子がこわい』」という著作で紹介されている。

 腰の痛みは心的ストレスからきていた。ベストセラー作家は忙しい。取材、執筆、締め切りに追われる日々。ストレスが高まって、からだを支えきれなくなっていた。支えの悲鳴が腰痛となってあらわれたのである。夏樹さん自身も信じられないような治療だが、ともかく腰痛は改善された。

 ひとことで断食療法というが、実は奥深い。ここではそれに触れない。詳細は別の機会にする。

 わたしの腰の痛みがどこからきているのかはよくわからない。筋肉や骨格の老化からと言われれば、ま、そのとおりだろう。

 断食はしない。今しばらくは、ムリせずゆっくり腰を動かすようにしよう。それで治る、と思う。

2025年7月 4日 (金)

痛みは続くよ、いつまでか。

 腰の痛みは続いている。さらに強くなったわけでも、減じたわけでもない。ただ痛い。多少、痛点が移動した。左のほうに。これはどうしたことか。

 立ち上がるときに激痛が走る。前屈もダメ。杖をつきそろそろと歩く。よぼよぼ老人のようだ。

 セルフのコーヒーショップでコーヒーを注文すると、「お席まで、お持ちしましょうか」と店員から声を掛けられた。「いや、ありがとう。大丈夫です」と答える。まもなく寝たきりになるような姿と映っているかもしれない。いや、車椅子か。

 それにしても、痛みはいつまで続くのか。

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 朝、BSで連ドラを観ている。再放送の「チョッちゃん」。これが一時中断となった。参議院選への対処のためという。政見放送の枠をひろげるためかとおもったが、そうではなかった。チョッちゃんの夫役の世良公則が参議院選挙に出るからだそうだ。実際、立候補した。

 ふーん、そうなのか。アンタにぃーあげた・・・。 「世良公則とツイスト」というバンドだった。

 関係ないけど、わたしゃ、腰がわるくて、ツイストができない。

2025年6月30日 (月)

腰が痛い!

 腰をやられた。いわゆるギックリ腰というやつ。

 背伸び運動の最中、突然、腰に痛みが走った。それほど強い運動をしたわけではないが、グサッときた。5年ほど前にもなったことがある。一週間ほどで痛みは和らいだ。今回も同じようなものとおもっていたが、そうはいかなかった。

 朝、床から起きられないというか立ち上がれない。動くと痛みが走る。妻に手助けしてもらって起きあがることになった。立っていれば痛みは少ない。座っていても同じだが、いざ立ち上がろうとすると、イテテテとなる。痛みを感じないような姿勢を探しながらゆっくり立つ。動作がスローモーになる。もどかしい。困ったものだ。

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 病院には行っていない。あそこは長時間待たされる。痛み止めの貼り薬か塗り薬を処方される程度だから、いまのところ行くつもりはない。

 薬局でバンテリンを買ってきた。いかほどの効果があるかわからない。テレビコマーシャルを見ると、名前はバンテリンだが、バンテヤリンと聞こえる。バンテヤリン、なんでやねん

 ゆっくり歩くようにしている。炎天下を、杖をついてぎこちなく歩いている。炎天の杖・・・俳句ができそうだが、やめておく。

 

 

2024年10月27日 (日)

文字は記憶力を衰えさせる

 ゴリラ研究の大家である山極寿一さんとシジュカラの鳴き声研究で注目を浴びている鈴木敏貴さんとの対談集『動物たちは何をしゃべっているのか?』を読んだ。

 シジュウカラは200以上のことば(鳴き声)を使い分けていて、複数の語を組み合わせる文法をまで使っている、といったことは以前少し触れたこともあるのでここではやめておく。別のことが思い浮かんだ。記憶力である。

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  瞬間的な記憶力はヒトよりゴリラの方が優れている。

 たぶんヒトはそれなりの記憶力をもっていたのだろうが、衰えてしまった。原因は、文字である。文字を発明したことによって記憶力を衰えさせてしまった。

 文字のない時代、漢字伝来以前は記憶力のすぐれたヒトはたくさんいた。古事記をまとめた稗田阿礼はすぐれた記憶力の持ち主といわれるが、当時、記憶力の優れた人はたくさんいたと思われる。アイヌは文字をもたなかったが、ユーカラを暗誦できる人はたくさんいた。文字がないから記憶に頼った。

 文字を手にすることで、記憶力はそれほど必要でなくなってしまった。で、衰えた、と考えられる。

現代風に言えば、外付けのハードディスクなのだ。クラウドでもよいのだが。そこに記憶を文字として仕舞っておいて、いつでも引き出せるようにしておけば、脳に記憶や知識をたくさん保存しておかなくてもよい。かつて記憶を司った脳のフィールドはそれほど大きくなくてもよくなった。

 従来型の知識や記憶は外付けのHDDにとっておく 前頭葉はちがった使い方をしてもよいということだ。

 と、書いて、別の考えが浮かんだ。年をとると、外付けHDDのどこに保存したのか忘れてしまうことが多くなる。動物が仕舞い込んだエサの場所を忘れてしまうことがある。あれと同じ。近ごろはそれを感じる。

 老いたトリは仲間に、エサの場所知らないかとしゃべりかけている(鳴き声を発している)こともあるのかもしれない。

2024年2月 3日 (土)

黄斑変性 その後

 きのうはひどく冷えた。きょうはそれほどでもないけれど、ここ数日がこの冬いちばんの寒さかもしれない。厚手のダウンで外出したが指先がとくに冷える。久しぶりに使い捨てカイロをポケットに入れた。

 週明けは大雪になるとの予報が出ている。

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 黄斑変性の硝子体手術をしてから4ヶ月たった。

 歪みは8割がた改善した。2割は歪みが残っているが、まずまずと言える。ただ、視力はよくならない。手術前よりぼやけるように感じる。

 術後の検診で医師にそれを伝えると、回復は難しいかもしれないけど、注射という手段があることはあるが・・・との診断だった。網膜の黄斑部分にステロイド注射する。それで治る可能性は少ないかもしれないけど、やってみますか? と下駄を預けられた。頼りない見解だが、やってみることにした。

 黒目に針を突き刺してステロイドの注入。短時間で終わる。ただ問題は、副作用であることだ。眼圧が上がることがある。緑内障の治療を続けている身としては避けたいリスクだが、致し方ない。

 二日後の診断で、案の定、眼圧は16にあがった(点眼のおかげで眼圧は安定していて術前は10前後だった。手術をしない左目は10か11)。ちょっと高くなった。一時的なものだろう。二週間後には13まで下がった。

 視力は、一週間ぐらいして、薄皮一枚ぐらいはがれたような気がしてきた。視力にすると0.1ぐらい回復した感じか。このままよくなればよいが、逆に、ステロイド効果が消えてしまうかもしれない。

 残った左目(視野はかなり欠けているが)のおかげで新聞ぐらいは読める。細かい字のものは避けて文庫本も読んでいる。

 さしあたって、眼の状態は、座頭市のようにお先真っ暗ではない。

 

2023年12月 8日 (金)

血管年齢

 行きつけのスポーツジムで血管年齢を測定するというイベントをやっていた。

 やってみた。指先をセンサーにあてるだけ。結果は実年齢より6歳若い70歳との判定が出た。測定側のスタッフは、おめでとうございますとの拍手をしてくれた。しかし、それほどめでたいことか、疑わしい。

 70歳はもうかなりの老人である。ちょっと若いとの結果が出ただけのこと。もちろん検査結果が80歳だったらかなり落ち込むことになるが。

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 診断結果シートには、血管の弾力性はとてもよい状態ですと書かれている。浮かれてはいけない。同年の高齢者に比べてややよいというぐらいだろう。繰り返すが、70歳はまちがいなく年寄りである。いつ血管が破れたりヒビが入ってもおかしくない。

 もう一度書く。浮かれてはいけない。

 食生活には気をつけている。野菜は多くとる、抵糖質、酒は少な目・・・。

 黒ニンニクを食べている。妻がつくった黒ニンニク。毎日ひとかけら。これが健康によいかどうかはわからない。市販の黒ニンニクは高い。贅沢品である。高いから効くと半分信じて、口にしている。

2023年10月 7日 (土)

目薬がいっぱい

 硝子体(黄斑変性)の手術をして一週間経った。

 歪みはなくなったわけではないが、かなり減った。視力はわずかに回復した程度。医者が言ったとおりである。だんだんよくなるということだが、むかしのようになることはないだろう。

 予後は感染に気をつけなければならない。抗菌、抗アレルギーの目薬を点けている。これが面倒。朝3種類、昼2種類、夕3種類、寝る前2種類。さらにいつもの緑内障の目薬が加わる。朝2種類。夕3種類。ひとつ点けたら5分以上空けて差さなければならない。

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 それで、間違えることはないか問われる。間違えないようにしているが、思い通りにはいかない。差し忘れる、右目だけでなく左目にも差してしまう(術後の薬は手術をした右目だけでよい)、とくに夕は6種類もさすわけだから、どれかひとつ忘れたり、二度差すこともある。忘れたところでからだに障りがあるわけではないと、そう神経質にはならないようにしている。

 きちんと差すことが脳トレにもなるかといえばそんなことはない。せいぜい認知症のチェックになる程度か。

 たまにではあるが、メガネをしたままで差してしまうことがある。

2023年10月 1日 (日)

硝子体(黄斑変性)の手術をした

 左目は緑内障で視野が半分欠けている。右目はそれほど欠けはないが、見にくくなった。右目だけでは新聞が読めないことに気づいた。しばらくすると右目だけだと直線がゆがむのを感じるようになった。さらにはっきり黄斑変性を思わせる症状がでてきた。

 眼底検査をすると、こまかな説明は省くが、網膜の黄斑部分を引っ張っている組織がおかしくなっていることが判明した、黄斑変性になるかもしれないので定期的に検査をするようにと言われていた。それがさらに進行したということだ。

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 手術をすることになった。専門的には硝子体手術と言う。

それほど難しい手術ではなさそうだ。ただし手術は急いだ方がよい。手術をしても劇的に改善するわけではない。ややよくなるか、これ以上進行しないようにする程度と考えてもらいたいとドクターは言う。そうなのか。さらに進行すると、手術も面倒になるんだそうだ。

 黄斑変性の眼で見ると、ひとの顔が歪んで見える。片目が異常に大きくなる。口は歪み、鼻の下が異様に長くなる。異形。なにかに似ている。あ、そうか、エゴン・シーレの絵である。酒仲間にその話をしたら誰もエゴン・シーレを知らなかった。教養のないやつらだ。有名な、ピカソほどではないけれど、オーストリアの画家だ。私の目の状態を説明するには都合がいいから、エゴン・シーレの絵画ぐらいチェックしておけと伝えた。

 手術は無事済んだ。術後は感染症に注意しなければならない。手術は日帰りでできるが、経過を確認するためせっせと通院しなければならない。術後は眼帯をしたままだから歩きにくい。洗顔はしばらくできない。やっかいだ。

 ひょいと気づいた。エゴン・シーレは黄斑変性ではなかったか。その片目で見た世界を描いたという仮説はどうだろうか。