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心と体

2024年2月 3日 (土)

黄斑変性 その後

 きのうはひどく冷えた。きょうはそれほどでもないけれど、ここ数日がこの冬いちばんの寒さかもしれない。厚手のダウンで外出したが指先がとくに冷える。久しぶりに使い捨てカイロをポケットに入れた。

 週明けは大雪になるとの予報が出ている。

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 黄斑変性の硝子体手術をしてから4ヶ月たった。

 歪みは8割がた改善した。2割は歪みが残っているが、まずまずと言える。ただ、視力はよくならない。手術前よりぼやけるように感じる。

 術後の検診で医師にそれを伝えると、回復は難しいかもしれないけど、注射という手段があることはあるが・・・との診断だった。網膜の黄斑部分にステロイド注射する。それで治る可能性は少ないかもしれないけど、やってみますか? と下駄を預けられた。頼りない見解だが、やってみることにした。

 黒目に針を突き刺してステロイドの注入。短時間で終わる。ただ問題は、副作用であることだ。眼圧が上がることがある。緑内障の治療を続けている身としては避けたいリスクだが、致し方ない。

 二日後の診断で、案の定、眼圧は16にあがった(点眼のおかげで眼圧は安定していて術前は10前後だった。手術をしない左目は10か11)。ちょっと高くなった。一時的なものだろう。二週間後には13まで下がった。

 視力は、一週間ぐらいして、薄皮一枚ぐらいはがれたような気がしてきた。視力にすると0.1ぐらい回復した感じか。このままよくなればよいが、逆に、ステロイド効果が消えてしまうかもしれない。

 残った左目(視野はかなり欠けているが)のおかげで新聞ぐらいは読める。細かい字のものは避けて文庫本も読んでいる。

 さしあたって、眼の状態は、座頭市のようにお先真っ暗ではない。

 

2023年12月 8日 (金)

血管年齢

 行きつけのスポーツジムで血管年齢を測定するというイベントをやっていた。

 やってみた。指先をセンサーにあてるだけ。結果は実年齢より6歳若い70歳との判定が出た。測定側のスタッフは、おめでとうございますとの拍手をしてくれた。しかし、それほどめでたいことか、疑わしい。

 70歳はもうかなりの老人である。ちょっと若いとの結果が出ただけのこと。もちろん検査結果が80歳だったらかなり落ち込むことになるが。

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 診断結果シートには、血管の弾力性はとてもよい状態ですと書かれている。浮かれてはいけない。同年の高齢者に比べてややよいというぐらいだろう。繰り返すが、70歳はまちがいなく年寄りである。いつ血管が破れたりヒビが入ってもおかしくない。

 もう一度書く。浮かれてはいけない。

 食生活には気をつけている。野菜は多くとる、抵糖質、酒は少な目・・・。

 黒ニンニクを食べている。妻がつくった黒ニンニク。毎日ひとかけら。これが健康によいかどうかはわからない。市販の黒ニンニクは高い。贅沢品である。高いから効くと半分信じて、口にしている。

2023年10月 7日 (土)

目薬がいっぱい

 硝子体(黄斑変性)の手術をして一週間経った。

 歪みはなくなったわけではないが、かなり減った。視力はわずかに回復した程度。医者が言ったとおりである。だんだんよくなるということだが、むかしのようになることはないだろう。

 予後は感染に気をつけなければならない。抗菌、抗アレルギーの目薬を点けている。これが面倒。朝3種類、昼2種類、夕3種類、寝る前2種類。さらにいつもの緑内障の目薬が加わる。朝2種類。夕3種類。ひとつ点けたら5分以上空けて差さなければならない。

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 それで、間違えることはないか問われる。間違えないようにしているが、思い通りにはいかない。差し忘れる、右目だけでなく左目にも差してしまう(術後の薬は手術をした右目だけでよい)、とくに夕は6種類もさすわけだから、どれかひとつ忘れたり、二度差すこともある。忘れたところでからだに障りがあるわけではないと、そう神経質にはならないようにしている。

 きちんと差すことが脳トレにもなるかといえばそんなことはない。せいぜい認知症のチェックになる程度か。

 たまにではあるが、メガネをしたままで差してしまうことがある。

2023年10月 1日 (日)

硝子体(黄斑変性)の手術をした

 左目は緑内障で視野が半分欠けている。右目はそれほど欠けはないが、見にくくなった。右目だけでは新聞が読めないことに気づいた。しばらくすると右目だけだと直線がゆがむのを感じるようになった。さらにはっきり黄斑変性を思わせる症状がでてきた。

 眼底検査をすると、こまかな説明は省くが、網膜の黄斑部分を引っ張っている組織がおかしくなっていることが判明した、黄斑変性になるかもしれないので定期的に検査をするようにと言われていた。それがさらに進行したということだ。

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 手術をすることになった。専門的には硝子体手術と言う。

それほど難しい手術ではなさそうだ。ただし手術は急いだ方がよい。手術をしても劇的に改善するわけではない。ややよくなるか、これ以上進行しないようにする程度と考えてもらいたいとドクターは言う。そうなのか。さらに進行すると、手術も面倒になるんだそうだ。

 黄斑変性の眼で見ると、ひとの顔が歪んで見える。片目が異常に大きくなる。口は歪み、鼻の下が異様に長くなる。異形。なにかに似ている。あ、そうか、エゴン・シーレの絵である。酒仲間にその話をしたら誰もエゴン・シーレを知らなかった。教養のないやつらだ。有名な、ピカソほどではないけれど、オーストリアの画家だ。私の目の状態を説明するには都合がいいから、エゴン・シーレの絵画ぐらいチェックしておけと伝えた。

 手術は無事済んだ。術後は感染症に注意しなければならない。手術は日帰りでできるが、経過を確認するためせっせと通院しなければならない。術後は眼帯をしたままだから歩きにくい。洗顔はしばらくできない。やっかいだ。

 ひょいと気づいた。エゴン・シーレは黄斑変性ではなかったか。その片目で見た世界を描いたという仮説はどうだろうか。

2016年2月25日 (木)

緑内障 まつ毛伸びる

 

緑内障であることは以前このブログで書いた。

眼圧を抑えるために朝夕三種類の点眼薬を差している。ひとつ差したら5分以上時間をおいてから次のを差すことになっている。これが煩わしい。

点眼薬には副作用がある。ひとつは目が充血する。一時間以上は泣きはらしたような赤目になる。一番強いと思われる点眼薬には、目の周りが黒ずみ、まぶたが落ち込み、さらにはまつ毛が伸びるという副作用がある。メガネをはずすと病人のように見える。ちょっと怖い顔になる。失明するよりはいいと思い、副作用を受け入れている。

まつ毛が伸びるのはいいように思われるかもしれないが、いい歳をした男にとってはどうでもいいことだ。まつ毛が長く、カールした少女なら可愛いが、ジジイは関係ない。

まつ毛はまっすぐ伸び、かなり長くなった。で、気づいた。まつ毛がメガネのレンズに届くようになった。信じられないかも知れないが、ずれたメガネをちょっと上げると、まつ毛がレンズにくっつくのを感じる。

 家人にまつ毛をカールする美容器具はないかと問うと、そんなものはないとつれない。仕方がないので、メガネをちょっとずらしてかけるようにしている。

瞬きをすると一眼レフのようにバシャっと音がでる。そんなことはないけれど、なんとなくまつ毛が重い。まぶたではなくまつ毛ね。

2014年5月21日 (水)

頚椎症 その後

 

昨日、文楽の人間国宝・竹本住大夫さんの引退公演があった。天皇皇后両陛下も鑑賞予定であったが、皇后さまは頸椎症性神経根症による左肩と左腕の痛みが強くなり、急きょ同席を取りやめたとのことであった。

 ふーん、そうか、オレと同じ症状なんだ、左右は違うけど。

 この病気、じっとしていると症状が悪化する。痛みが増す。動いていた方がいい。皇后さまも長時間椅子に座るのは負担が大きいということで、講演後の懇談会のみ出席されたそうだ。

 

 私の症状はどうなったかというと、針治療とマッサージのお蔭で痛みはかなり和らいだ。日中はほとんど気にすることもなくなった。適度な運動も効果があったように思う。

 ゆっくり肩を回す。片手ずつ背伸びをする。そしてエアーエキスパンダー。エアエキスパンダーとは勝手に名づけた運動で、エキスパンダーを両手で広げるような動作をする。水平にゆっくり広げる。胸を張り、肩甲骨を狭めてしばらく止める。ただそれだけ。床の中でも似たような動作をする。要は筋肉が固まらないようにするわけである。

 といったことで順調に回復している。

 皇后さまはどうなんでしょうね。鍼治療などなさるのだろうか。

2014年4月22日 (火)

鍼医堀田と魔法の杖

 頸椎症がぶり返した。

 正しくは頸椎椎間板症。首の骨の隙間が狭くなり、神経を圧迫する病気である。5、6年前、手の冷え、しびれがあり、整形外科に通い、首の牽引、低周波の電気治療を受けた。しかしまったく効果はなく、やめてしまった。

 今度は、右首、肩、肘、手の甲が痛くなった。痛いのは我慢できない。たまらず整形外科に行った。レントゲン診断の結果は前回と同じ。痛み止め薬をもらい、以前と同様の治療。これでは治らない。

 近所の鍼灸医で、鍼治療を受けることにした。鍼とマッサージ。効き目はある。痛みは和らぐ。ただし数時間で元に戻る。困るのは夜である。痛みで目が覚めてしまう。これは四十肩のときと同じ。痛くて眠れない。寝不足になる。血圧もあがる。

 鍼灸医に訊くと、治るには短くて一ヶ月、長くなると一年ぐらいかかるという。うーん、まあ、いたしかたない。整形よりはましだろう。

 こんなとき、ゴッドハンドをもつ鍼医堀田が魔法の杖をもって現れないものか。杖を振りかざすとたちまち痛みが消える。鍼医堀田と魔法の杖。ハリー・ポッターと魔法の杖・・・。オマエは柳家喬太郎か!

 ちょっと説明すると、柳家喬太郎の新作落語に「鍼医堀田と健ちゃんの石」(結石移動症)がある。「ハリー・ポッターと賢者の石」のもじり。単なるダジャレね。

 

 ということで、リハビリ中である。このブログもキーを左指だけでたたいている。

2013年11月19日 (火)

冬のコオロギ 静寂の響き

 

 十年以上前のことである。ちょうど今ごろの季節。深夜、帰宅した。その途中、大通りをはずれると騒音がやんだ。生活音も途絶えていた。

 脇の公園の草むらから虫の鳴く声が聞こえてきた。コウロギがジジジーっと、か細い声で鳴いている。晩秋というより、季節は冬に入っている。まだ、冬ごもりもせず、鳴いているのか。

 家に帰ると、鳴き声のことなどすっかり忘れた。テレビも電気も消し、床につく。すると、あの鳴き声が聞こえてくる。えっ、家の中にもコオロギがいる、と一瞬思ったが、そうではないことに気づいた。

ひょっとすると耳鳴りではないか。ジジジーーーと静かに聞こえる音は耳の中で鳴っている。

 それ以来、耳鳴りが気になるようになった。気にすれば気にするほど音は大きく感じるけれど、気にしなければ、耳鳴りは聞こえない。騒音や生活音が耳鳴りをかき消している。

 ふだんは気にはしないが、たまに耳鳴りが大きくなることがあった。耳鼻科に行った。「コオロギではなくセミが鳴くようになった」とうったえたら看護婦が笑ってくれた。医師の判断は、耳鳴りとはそういうものでほっておくしかない、であった。聴力も正常域である。何か別の病気の疑いはないのかと思うが、そうでもないらしい。後に、脳の検査もしたのだが、問題なし。「きれいな脳です」と言われた。「きれいな脳」ですって。ちょっとうれしい。

 

 サイモンとガーファンクルに「サウンド・オブ・サイレンス」という名曲がある。直訳すると、沈黙の音。それでは無粋だ。味も素っ気もない。「静寂の響き」とでも訳したほうがよい。「しじまのささやき」でもよい。詩は難解である。よくわからない。

 ひょっと思いついた。サウンド・オブ・サイレンスとは耳鳴りのことではないだろうか。突拍子もない見解かもしれないけれど、静寂の中で聞こえてくるのは「しーんと静まりかえった」のシーンというオノマトペである。それが耳鳴りであってもおかしくない。

 サウンド・オブ・サイレンスの歌詞をみてみると不思議なことがわかる。sound of silence が繰り返し何回も出てくるが、最後はsounds と複数形になる。

最後のsoundsは、コオロギやセミなどさまざまな音の響きをを表現したものではないかと、私は勝手に解釈している。

 

 耳鳴りは続いている。いま、この文を書きながらも、耳の奥でコオロギが鳴いている。単数形である。不快を感じさせるほどのものではない。ま、慣れなんでしょうね。

2013年9月 4日 (水)

ピロリ菌  その後

 

 三か月前ほどピロリ菌の駆除をしたことを書いた。

その結果はどうなったかと知人から訊かれた。ブログをちゃんと読んでくれていたことはよいとして、興味津津という訊き方である。オマエのピロリ菌はしぶとそうなので駆除できていなんじゃないかと言わんがばかりなのである。

ピロリ菌の駆除は抗生物質を朝昼晩7日間飲むことで行なう。二か月たったら、駆除できたかの検査をする。どんなやり方をするのか、簡単に紹介しておく。

朝、空腹で病院に行く。呼気検査をする。尿素呼気法と言って、チアパックのような容器に息を吹き込む。これで終わりではない。一錠薬を飲む。5分ほど左側を下にして横になる。その後、立ちあがり腰かけた状態で20分じっとしている。再びチアパックに息を吹き込む。これで終了。

すぐに結果はでない。5日後ぐらいに結果が出るので、病院に電話するように言われた。

で、その結果はどうだったかというと、駆除できていますということだった。

どうだ、がっかりしたかい? オレもがっかりした。しばらく付き合ってやろうとおもっていたのに。さらばピロリである。

 

テレビでピロリ菌の駆除についての番組をやっていた。抗生物質を飲むにあたっては禁酒するようにとの内容だった。禁酒? 聞いていません。酒はダメだとはと言われなかった。だから、ずっと晩酌をしていた。なぜ酒がダメなのかよくわからない。抗生物質の効果が薄れるとでも言うのか。

酒は飲んでいても、ピロリ菌はきちんと駆除できていた。酒を飲んでも問題はなかったことをお伝えしておきたい。

2013年7月14日 (日)

 キリストと親鸞   放心流宗論

 イエス・キリストは、などと書き始めると、オマエには似つかわしくないと言われそうだが、今回は宗教の話を少々。

姦淫の罪を犯した女性を石打ちで糾弾しようとした群衆に対し、イエスは「罪なき者は石もて打て」と語った。群衆はそれを聞き、みな、何もせずそこから立ち去った。ヨハネの福音書のなかの一節である。
 罪のない人だけが打擲しなさい。ただし、罪ある人はダメよ。イエスらしいレトリックである。人間は原罪を背負っている。つまり、みな罪ある人、罪のない人などひとりもいない。それに気づけば、誰も打擲できない。なるほど、うまいこと言うものである。

話は変わって、我が国の浄土真宗について。法然・親鸞に「悪人正機説」がある。「善人なおもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」というアレである。
 悪人がまず救済されるなんてのはおかしいと誰もが思う。どうして親鸞はそんなことを言ったのだろうか。みな疑問に思う。しかしじっくり思索を巡らすと、ごく当たり前の考えだということに気づかされる。じっくり思索してもそこにたどり着けない人もいるかもしれないので、ちょいと解説しておく。
 ここでいう悪人とは凡夫のことである。人はみな、ねたみそねみをもった凡夫である。至らぬ存在である。みな自分は善人だと思っているかもしれないけれど、実は、凡夫、悪人なのだ。その凡夫である衆生を救うのが阿弥陀仏である。それを悪人正機と言っただけのことだ。

自分を悪人ではなく善人だと思い込んでいると、この説は理解できないが、人間みな凡夫(悪人)だと自覚できると、なるほどと納得する。そしてそれに気づくと、不遜のもそう思い込んでいた自分を恥じることになる。

あんたかてアホやろ、わてかてアホや。みなアホで、凡夫(悪人)と気づけば、おかしくもなんともない、まっとうな考えだと腹にはまる。

 この悪人正機説はイエスの罪なき人は石もて打てとつながる。みな救済されるべき罪ある人であり凡夫である。イエスも親鸞も、根っこでつながっている。私にはそう感じられる。
 イエスと親鸞がどこかで出会っていれば、互いに理解し合い、握手を交わしているのではないかと、ちょっと妄想をたくましくしている。
 放心流宗論の一端である。

 宗教ついでに、落語噺に「宗論」がある。まくらで出てくる川柳がある。

 宗論はどちらが勝っても釈迦の恥

 どちらが負けてもでも意味は同じ。釈迦をイエスに置き換えても同じこと。これを説明するのは面倒なので止めておくけれど、まっとうな宗教なら他の宗教に対しては許容的であると思う。根っこの部分で通じあっている。

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