三日目は京都に行った。ありきたりの観光地には行きたくない。保津川下りも遠慮したい。
丹波口にある島原の揚屋・角屋(スミヤ)。かつて花街の揚屋(料亭)だった建物である。いまは「角屋もてなしの文化美術館」となっている。
知られていないから観光客は少ない。夫婦二人、ガイド付きで案内してもらった。ガイドさんは、ここは遊女のいる遊郭ではない、料亭であることを強調する。ちょっと笑える。いわゆる島原遊郭の内、どこが遊女のいる遊郭で、どこが置屋(芸妓を派遣する)で揚屋(宴会場)なのかはわからないけど、ここは揚屋ということだ。

この場所を知ったのは井上章一の『京都ぎらい 官能編』である。屋敷のつくりは桂離宮と同じということだ。ただし、宮内庁(桂離宮の管理者)は遊郭ふぜいと同列とされては困るとしているから、角屋の記述には神経をつかううんぬんとある。これも笑える。いわゆる女郎屋を見くだしているのだ。
ここでは、幕末、多くの勤王の志士や新撰組も宴会を開いた。にぎやかだったと思われる。新選組の一人がよっぱらって刀を振り回した刀痕が玄関わきにある。芹沢鴨はここでの会食が最後の晩餐となった。壬生の屯所に帰ったところを斬り殺された。
美術品が展示されているが、それより、この建物自体の造りがすばらしい。桂離宮だと声をひそめて語ってもよい。さらに、幕末の雰囲気も伝わってくる。写真は角屋の外観と屋敷内の天井。

旅行中はけっこう歩いた。スマホの万歩計を見ると、三日間とも二万歩前後だった。二万歩を超すなんて最近はなかった。
三日目になると、さすがにくたびれた。哲学の道の途中で足があがらなくなった。歩き続けるのを断念した。後期高齢者にとってはきつい。

写真は、哲学の道。サクラはほとんど散っている。映っている和服姿の連中は全員外国人である。
ついでのひとこと
前日に戻って、東梅田のお初天神に行った。ガイドブックで知った。お初徳兵衛のお初。近松門左衛門の浄瑠璃「曽根崎心中」の主人公である。純愛に憧れる恋人たちが訪れるという。
わたしは道行きの名場面のくだりを空で言える。
あれ、数ふれば、暁の、七つの時が六つ鳴りて 、残る一つが今生の、鐘の響きの聞き納め、寂滅為楽と響くなり
ま、どうでもいい教養だけどね。