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旅行・地域

2023年4月 6日 (木)

  島原の揚屋 角屋

 三日目は京都に行った。ありきたりの観光地には行きたくない。保津川下りも遠慮したい。

 丹波口にある島原の揚屋・角屋(スミヤ)。かつて花街の揚屋(料亭)だった建物である。いまは「角屋もてなしの文化美術館」となっている。

 知られていないから観光客は少ない。夫婦二人、ガイド付きで案内してもらった。ガイドさんは、ここは遊女のいる遊郭ではない、料亭であることを強調する。ちょっと笑える。いわゆる島原遊郭の内、どこが遊女のいる遊郭で、どこが置屋(芸妓を派遣する)で揚屋(宴会場)なのかはわからないけど、ここは揚屋ということだ。

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 この場所を知ったのは井上章一の『京都ぎらい 官能編』である。屋敷のつくりは桂離宮と同じということだ。ただし、宮内庁(桂離宮の管理者)は遊郭ふぜいと同列とされては困るとしているから、角屋の記述には神経をつかううんぬんとある。これも笑える。いわゆる女郎屋を見くだしているのだ。

 ここでは、幕末、多くの勤王の志士や新撰組も宴会を開いた。にぎやかだったと思われる。新選組の一人がよっぱらって刀を振り回した刀痕が玄関わきにある。芹沢鴨はここでの会食が最後の晩餐となった。壬生の屯所に帰ったところを斬り殺された。

 美術品が展示されているが、それより、この建物自体の造りがすばらしい。桂離宮だと声をひそめて語ってもよい。さらに、幕末の雰囲気も伝わってくる。写真は角屋の外観と屋敷内の天井。

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 旅行中はけっこう歩いた。スマホの万歩計を見ると、三日間とも二万歩前後だった。二万歩を超すなんて最近はなかった。

三日目になると、さすがにくたびれた。哲学の道の途中で足があがらなくなった。歩き続けるのを断念した。後期高齢者にとってはきつい。

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 写真は、哲学の道。サクラはほとんど散っている。映っている和服姿の連中は全員外国人である。

 ついでのひとこと

 前日に戻って、東梅田のお初天神に行った。ガイドブックで知った。お初徳兵衛のお初。近松門左衛門の浄瑠璃「曽根崎心中」の主人公である。純愛に憧れる恋人たちが訪れるという。

 わたしは道行きの名場面のくだりを空で言える。

 あれ、数ふれば、暁の、七つの時が六つ鳴りて 、残る一つが今生の、鐘の響きの聞き納め、寂滅為楽と響くなり

 ま、どうでもいい教養だけどね。

2023年4月 5日 (水)

 なんば界隈

 京都・大阪に行ってきた。

 コロナ前、京都には毎年行っていたが、大阪となると十年以上行っていない。じゃあ、しばらくぶりにとなった。この季節、大阪の方がホテルがとりやすいこともある。

 なんば界隈、ミナミをじっくり歩いたことはない。たいていはキタで、歩くといっても飲食中心だった。観光地図を眺めると、戎橋、法善寺横町(水掛不動)、なんばグランド花月(よしもと)など簡単に歩けることがわかる。ぶらぶら歩いてみた。

 人が多い。外国人観光客が目立つ。水掛不動は人が少ない。いつだったか、ちょっと前、お不動さんの顔の部分の水苔がはがされるという事件があった。いまは元通りとなっている。

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 夕食は鶴橋のコリアン料理にした。知人の在日2世の人の多くは鶴橋出身だった。むかしの地名は猪飼野。マルセ太郎は舞台劇「猪飼野物語」を制作・出演していた。

 済州島出身者が多いのは済州島と大阪の間に定期便ができたからである。さらに、戦後、済州島では4.3事件が起きた。韓国軍や警察に弾圧された人たちが今でいう難民となって日本に渡った。

 路地に朝鮮料理の食材の店が多く並んでいる。キムチだけを多品種並べた店もある。壮観である。しかも安い。朝鮮料理の店も多い。そこで夕食をとった。味は、新大久保あたりの店と変わらない。

 翌日は、黒門市場に出かけた。ここもすごい人出だった。多くは、というよりほとんどが外国人観光客だった。牛肉や魚の串焼き、魚介の刺身などが味わえるのだが、これがバカ高い。中くらいのエビでも千円以上する。食べる気にならないが、外国人観光客は群がっている。ま、円安だしね。日本人にはこんな黒門市場はいらない。

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天王寺にも行ってみた。通天閣近辺は串かつ、たこ焼きなどの店が多い。こちらは安価なのだが、店頭を観ているだけで食傷する。軽いフレンチかイタリアンが食べたくなる。

 写真はわかりづらいが、通天閣の下から天井を眺めたもの。通天閣といえば日立のマークが映る遠景しか見ることがないけれど、真下はこうなっている。

2019年10月27日 (日)

墓参り、クラス会そして映画祭

 下呂(岐阜)・名古屋に行ってきた。墓参りと高校のクラス会。

 道中、土砂降りになった。風光明媚なところだけど、目に焼きついたのは飛騨川の濁った早い流れだけだった。県道で道路閉鎖があったが、国道は規制されることはなかった。

 その日のうちに名古屋に。よく朝は墓参りをした。午後からはクラス会。ここ数年、毎年メンバーの何人かが亡くなっている。ま、そういう年齢になったということだ。出席者は当たり前だがみな元気。それにしてもよくしゃべる。わたしはおとなしく聞き役にまわっていた。ウソツケ!

Dsc_1128-1 で、今日。しんゆり映画祭が始まった。

 詳細のスケジュールはホームページを見ていただきたい。20本以上の映画が上映される。上映後のゲストトークもある。

 きょう、「記者たち~衝撃と畏怖の真実~」では金平茂紀さん(TBS「報道特集」キャスター)に来ていただいた。詳細は改めて。

 Img_1534 映画祭会場の川崎市アートセンター前ではハロウィンのパレードがあった。写真がそれ。にぎやかイベントになっている。

2019年10月 3日 (木)

黄山への旅④ 歌舞ショー

 中国版シルク・ド・ソレイユ

 オプションとして歌舞ショーの観劇があった。宿泊したホテルの客は無料になるというので出かけた。劇場はホテルの目の前にある。

 Img_1422 どんなものだったかというと、ひとことで言うと、中国版シルク・ド・ソレイユだった。映像、サウンドも迫力があり、大量の水も使って凝った舞台演出になっている。シルク・ド・ソレイユと比べて遜色はない。

 シシルク・ド・ソレイユと違う点を一つ挙げると、フラッシュを使わなければカメラ撮影はオーケーということだ。ということで、写真をいくつか撮った。華やかな舞台だった。

 帰国後、同行した人から、撮影したビデオディスクを送ってもらった。

Img_1424  うだつ

 黄山地域では家の作りが違う。うだつがあるのが特徴。日本のそれとは少し違って、アルファベットのH状で垂直になっている。日本のうだつの発祥地はここだという説があるそうだ。写真は横並びのものだが、一戸建てだと側面の両側にある。

 Img_1239 私はこれを「ナハ建築」と呼んでいる。せんだみつおに「ナハ! ナハ! ナハ!」というギャグがある。顔の前で両手を立てながら行う。それと似ている。

 若い人に話したら、せんだみつおって誰と言われた。そうか、せんだみつおを知らないか。昭和も遠くなった。

 今月末から「しんゆり映画祭」が開催される。そこで「ワンダフル・ライフ」が上映される。是枝監督初期の傑作である。この映画に由利徹が出演している。これも知らないと言われた。アナタは知らないかもしれないが昭和を代表する名コメディアンだった。映画出演はこれが最後となった。

 

 

2019年10月 2日 (水)

 黄山への旅③ 高速鉄道

 手荷物検査

 中国ではやたら手荷物検査が多い。飛行場でも場内に入るだけでⅩ線検査がある。駅に立ち入る際にもする。

 何をチェックしているかよくわからない。

 上海空港で預け入れる手荷物で、いっしょに行った人が引っかかった。別室に手荷物を持っていって鞄を開くことになった。

 引っかかったのはLEDライトだった。電源がリチウム電池のものは機内持ち込みにせよということだが、羽田で搭乗する際には問題はなかったのにね。

 Img_1316 食用ほおずき

 高速鉄道の車内で買った食用のほおずき。日本でも売られるようになったが、今回初めて食べた。それほど酸っぱくない。ほんのり甘い。形状はミニトマトに似ていけど、こちらのほうがうまい。

 Dsc_1072-1 ほおずきは、漢字で書くと、鬼灯とか酸漿になる。こちらの食用ほおずきは「花姑娘」と書くのだそうだ。ガイドの人が教えてくれた。ブランド名か一般用語かわからないが、可愛らしい印象になる。鬼とはずいぶんイメージが異なる。

 空席表示

 高速鉄道の座席の上に小さなランプがついている。座席が埋まっているのは赤、空席は緑色になっている。

 この座席表示ランプ、この夏、常磐線のひたち号の車内でも見かけた。これを見ればリザーブ席かそうでないかがわかる。座席指定を取っていない人には便利だ。検札もね。

 ネットで調べてみると、緑が埋まっている席、赤が空席とある。えっ、逆だろ。それとも逆に覚えていたのか。空席を緑としたほうが、わかりやすいと思うがどうだろうか。

Img_1436  写真は中国の高速鉄度のもの(上)と、ひたち号のもの(下)

Dsc_1012-1  さて、中国と日本の鉄道、このランプ方式、どっちが先に採用したしたのだろうか。

 

 

2019年9月28日 (土)

黄山への旅② 山頂で見る日の出

 強力さんの写真を載せるのを忘れていた。こんなスタイルで階段を降りたり登ったり。

 Img_1394 休憩中の強力さんはただ休んでいるわけではない。杖とか果物を売る人もいる。感心したのは支払いである。互いにスマホを近づけて決済する。山奥でもアリペイである。

 スマホついでに言うと、中国ではGメールはできない。LINEもダメ。外国人には不便だ。

 奇岩、奇崖、奇峰をいやというほどたくさん眺めることができる。

Img_1364 Img_1387  二日目は夜明け前にご来光を眺めに行った。ホテルの部屋には防寒コートが用意してある。それを着て出かけた。ベストスポットまでは30分ぐらいかかる。

 美しかったが、日の出を見ようと押しかけたたくさんの観光客を眺める方がおもしろかった。ご来光を待つ人たちのシルエット。

Img_1349 Img_1356  ついでのひとこと

この旅で2キロ近く体重が増えたと前回書いたが、一日で1キロ減った。とくにダイエットしたわけではない。明日はさらに1キロ減って元に戻っているかもしれない。

 

 

2019年9月27日 (金)

黄山への旅① ハードな山歩き

 中国・黄山に行ってきた。

 黄山は安徽省にある景勝地。上海から高速鉄道で3時間かかる。そこが黄山のふもとになる。

 水墨画によくあるような霧にかすむ深山幽谷。写真を見ていただければ、ああ、あそこかとわかる。1990年世界遺産に登録以降、人気観光スポットになっている。そこに二泊。日本からのツアーだとたいていは一泊になるが、晴れないと日の出が見られないというリスクがある。で、二泊になった。もっとも連日雨なら何をしに行ったか、ということになる。

 Img_1305 今回は7人のツアー。ほとんど70代。山歩きと言っても、ロープーウェイがあり、険しい道はないとのことだったので、スニーカーで出かけた。ま、ハイキング気分ね。

Img_1308  で、その結果。とてつもなくハードだった。石の階段を登り降りするだけだが、30分ぐらいでふくらはぎが痛くなった。息が切れることはない。足が疲れるだけ。

翌朝、日の出の絶景スポットでは太ももが痛くなった。

朝食後、ふたたび登り降り。足が進まなくなった。ふだんスポーツジムに通っているので体力には自信がある。しかし、山歩き用の筋力は鍛えてなかったようだ。

 Img_1314 世界遺産なので自動車道路はない。ホテルの食料・備品はすべて強力さんが運ぶ。60キロぐらいの荷物を竹製の天秤棒で振り分けてエッサエッサ。きつい仕事だ。いくら手慣れた強力さんでも、結構、休憩をとる。

その強力さんが観光客用に使い捨ての杖を売っていた。それを買って歩行の助けとした。この値段が5元(80円ぐらい)と馬鹿みたいに安い。杖のおかげで歩き通すことができた。最後は摺り足のような足の運びだったけど。

 同行した70代後半の三人は平気。ふだん山登りで鍛えているらしい。

 もっと真剣にスクワットしなければ。ちょっと反省。

 写真は黄山の日没。

 Img_1342 ついでのひとこと

 けっこう運動したのに2キロちかく太っていた。三食しっかり食べたから当然か。

 

 

2019年7月13日 (土)

「夜警」修復中

 レンブラントの「夜警」の修復が始まったと新聞が伝えていた。

「夜警」はアムステルダム国立美術館の入り口近くにドーンと展示されている。レンブラントの代表作。観る者を圧倒する絵画である。

  展示しながら修復するという。場所を移したり白い幕で覆ったりしない。来館者はガラス越しに修復過程の「夜警」を観ることができる。これはわるくない。日本でも見習ったらよい。

 Img_1029 5月にポーランドに行ったとき、レンブラントの作品を観た。ブログでは記さなかったので写真を添えておく。

 ワルシャワの王宮美術館。たいして印象にも残らない絵画ばかりとおもっていたところ、突然、レンブラント風の絵が目に飛び込んできた。ほんもののレンブラントだった。知らなかった。ここにはいくつか所有しているそうで、二点の肖像画が展示されていた。さすが人だかりがしていた。

 素人が観てもすばらしい作品だとわかる。題は「額縁の中の少女」。期待していなかっただけに儲けたという気分になった。

 

 

2019年6月 4日 (火)

ポーランド旅行 ③ ワルシャワ蜂起博物館

 ワルシャワ蜂起博物館に行った。地図だとホテルから近い場所にある。それらしき建物にたどり着いたのだが、入り口がわからない。半周してわかった。表通りには面していない。
 日曜日は無料になる(無料といっても通常料金は500円ぐらいだけどね)。混雑するので早めに行った方がよいとのことなので、オープン前に並んだ。日本語の音声ガイド機器は数に限りがあるので、借りられないことがある。並んだお陰ですんなり借りられて、展示場を見て回った。
Img_1072  ワルシャワ蜂起については、映画から得た知識が多い。ワイダ監督の「地下水道」、ポランスキー監督の「戦場のピアニスト」など。ホテルのテレビで偶然「戦場のピアニスト」をやっていた。よくやるのだろうか。
 ワルシャワ蜂起は1944年8月。ドイツ軍は劣勢になっており、ポーランドのレジスタンス勢力はソ連のスターリンと蜂起を打ち合わせていた。モスクワ放送でも7月末、蜂起を促す放送をしていた。
 Img_1043 レジスタンスはドイツ軍の軍事施設を破壊したものの、戦力に勝るドイツ軍の反撃でたちまち劣勢に陥ることになった。頼みのソ連軍はヴィスワ川(写真は現在のヴィスワ川)の対岸に進軍したままで事態を静観し、レジスタンスに支援の手をさしのべなかった。地下水道に潜ってゲリラ的に攻撃を加えたが、結果は無惨なもので、10月はじめには蜂起の火は収束した。20万人以上の人が犠牲となり、ワルシャワ市民の多く(70万人を超すという)が、ゲットーや強制収容所に送られた。
 Img_1073_1 博物館の地下には、地下水道が再現されている(写真ではわかりづらいが、天井が低く、かがんでしか歩けない)。これが見たかった。博物館は暗く迷路のようになっているので、地下への入り口はわかりづらい。ここまで見学する人は少ないという。
 ついでのひとこと
 むかし、カウンターバーでウオッカやズブロッカなどの強い酒を飲んだ。ズブロッカがポーランドの酒とは知らなかった。なつかしい。で、二本買ってきた。一本はベリーフレーバーのもの。アルコール度数が高いから、口に含むようにして飲んでみた。けっこうイケる。ちょっと甘いが。

2019年5月28日 (火)

ポーランド旅行① クラクフ アウシュビッツ

  ポーランドに行ってきた。
 ポーランドについて知っていることは多くない。ショパン、ワイダ、ポランスキー、ワレサ、そしてアウシュビッツ・・・その程度。身近に感じるのは映画。私は映画というフィルターをかけて歴史や世情を観る習慣がついている。むかしからポーランドの映画のレベルは高い。
 成田からワルシャワへ、そこからクラフクに飛ぶ。クラフクはポーランドの南に位置し、スロバキアとの国境に近い。ポーランド王国の首都だった。大戦で戦禍にまみれることはなく、中世の佇まいを残している。ランドマークはヴァヴェル城。旧王宮、大聖堂が並んでいる。多くの大学もあり、日本で言えば京都といったところか。
 Img_0866 写真はヴァヴェル城。歩いていく途中で足下に手形のレリーフがあった。ハリウッドのチャイニーズシアターにあるような、あれと同じだ。アンジェイ・ワイダ、スティーブン・スピルバーク、ロマン・ポランスキー、クラウディア・カルディナーレなど。やはり映画の国だ。「シンドラーのリスト」はクラフクが舞台になっている。
 Img_0849 ここに3泊した。アウシュビッツには1時間半程度で行ける。収容施設やガス室の映像はたくさん観てきたが、やはり実際に行ってみないと実感がわかない。
 Img_0898 よく見る鉄道のレールの写真があるが、あれはアウシュビッツではない。近くにあるビルケナウ強制収容所である。
 アウシュビッツのような施設はポーランド国内でも何十カ所もつくられたが、終戦直前に証拠隠滅のため多くは破壊された。残った一つがアウシュビッツなのだ。殺された人たちの靴(子供の靴もある)や女性の髪が山積みになって展示されていた。特にコメントは入らないだろう。   Img_0904 Img_0912 ついでのひとこと
 大関復帰をかける栃ノ心が気になっていた。海外なので実況を見ることはできない。スマホで結果を確認していた。序盤中盤で9勝1敗。ま、これなら大丈夫と思っていたが3連敗。トランプがどうのこうのより、そっちのほうが気が揉めた。14日目でようやく10勝。まずはよかった。

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