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落語

2026年1月21日 (水)

八起寄席 

「八起寄席」は新春顔合わせ。場所はグリーンホールではなく、南相模原市民館。こちらの方が収容人数は多い。4団体の幹事が高座にあがる。

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 最初に演者と演目を挙げておく。所属団体も。

 古今亭文菊(落語協会)   高砂や

 瀧川鯉橋(落語芸術協会)  二番煎じ

 立川談修(落語立川流)   転失気

 三遊亭兼好(圓楽一門会) 片棒

 演目はおなじみの古典噺。 評判のよいトリネタも複数入っている。新年だから、各演者、力も入っている。

 鯉橋の「二番煎じ」がよかった。火の用心と夜回りをする旦那衆が、寒いから番小屋で酒を飲み始める噺。ところが、夜回りの役人がやってきて、酒や鍋を隠すのにどたばたになる。冬に演じられる。落語にしては大人数が登場する。そのキャラをうまく際立させていた。情景が目に浮かぶ。うまいものである。

 トリの兼好もよかった。「片棒」は難しい噺である。木遣りがあり、手古舞いのお囃子がある。歌って、口三味線で太鼓をうち、笛を吹いたりしなければならない。踊りもある。熟練を要する。かなりのテクニックがないと客席を沸かせることはできない。兼好はいつもの陽気さで見事に演じた。たいしたものだ。場内、笑いと拍手で溢れる。

 文菊の張りのある声、談修の丁寧な語りもよかった。満足の落語会であった。

 ついでのひとこと

 談修の談志エピソードが面白かった。

 師匠の談志が喉頭にメスをいれたとき、一週間は声を出すことが禁じられた。手持ちのホワイトボードでの筆談。「昨日もらった籠盛りのフルーツはどうした?」と談志がボードに書いた。弟子の談修は、そのボードに「家に届けとました」と書く。すると、談志はまっかになって怒った。ボードをとりあげて「お前は、喋れるだろう」とすかさず書いて見せた。ごもっとも。談修はあわててあやまったそうだ。

 あはは、これにちかいことは、しばしばある。

2026年1月19日 (月)

桂文珍独演会

 桂文珍独演会に行ってきた。毎年麻生市民館で開催されるこの会は19年目になったという。来年で20回。長く続いてきた。1000人収容できる大ホールが満席になるから文珍人気は息が長い。上方落語では、80過ぎた文枝と77の文珍がずっとリードしている。

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 今回の演目

    AI・ルモンド

      仏馬

  百年目

AI・ルモンド」は新作。老人はスマホだのAIにはついていけない。それをマクラでおもしろおかしく語る。まあそのとおりである。チャットGPT(チャッピー)はその能力に驚くが、慇懃無礼なところがある、と。これはわたしも感じる。

 ホログラフのチャッピーがやってきて、あれこれ解説するのだが、食い違いが生じる。タイトルの、ルモンドの部分は、問答に聞こえる。それで、ルモンドにしたと語っていた。世界という意味ではない。チャッピー問答。古典噺「こんにゃく問答」のアナロジーである。

 トリの演目は「百年目」。大ネタである。使用人を厳しく育てている番頭さんが、隠れて花見にいく。芸者をあげての舟遊び。気を緩めて踊っていると、ばったり旦那とでくわしてしまう。万事休す。うなだれて店にもどるのだが、クビになると観念する。翌日、旦那から上に立つ者の心得、部下の育成を諭される。といったストーリーである。中間管理職の人たちには人気があると言う。ふーん、わたしはちょっと説教臭く感じるのだが。だから、その部分をこってりやるか、さらりとやるかで、噺の印象は違ってくる。文珍はさらり派である。

 すこし戻って、チャッピーの話。

 文珍は80近くなっても最近の政治や世相まで目配りを怠りない。それをギャグにしてマクラで語る。これが愉快。チャッピーもやり玉にあげる。丁寧で親切。それを前面に押し出す。そこがちょっと、と感じるのはわたしも同様。

 優等生的なんだよね。たまには「ごちゃごちゃ言うんじゃねえよ!」ぐらいの捨てセリフがあってもよい。

 いちど、「それだけの情報では回答はできません。もう少し情報をください」との回答があった。ハイ、ワカリマシタ。落語からすこし逸れた。

 ついでのひとこと

 印象に残った時事ギャグ。大阪も同時選挙となる。維新は都構想を訴える。将棋に関係があると文珍さん。が成ってになる。そのこころは、になる。

 

2026年1月15日 (木)

生田寄席 春風亭一朝

 生田寄席に行ってきた。今回は春風亭一朝独演会である。

 一朝といえば、江戸落語の名手として知られている。江戸っ子の気風、威勢が小気味よい。後期高齢者になったが、勢いは衰えていない。人気も60過ぎてから上がっていったような気がする。今回も、超満員になった。

 今回は、イッチョウケンメイはなかった。小さなトラブルがあって、そこの部分を飛ばした。

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  演目は、前半「三方一両損」 中入り後「紺屋高尾」。

三方一両損」は大岡越前もの。ケンカ早い男が登場する。もう一方は頑固者。両方とも江戸っ子気質。ケンカを始める。大きな声で言いあう。こういう噺は、一朝、得意のネタである。

 越前ものではよくできたストーリーで、オチもおもしろい。おおくは食わない、たった一膳。大岡越前の洒落である。

紺屋高尾」もおなじみの噺。後半、軽く済ませたような印象があった。

 膝が悪いとマクラで語っていたが、正座はできる。ただし、足を伸ばすと痛みがはしる。高座を降りるときはうまく立ち上がることができない。痛そうだった。

 高齢となるとどこかぐあいが悪くなる。一朝さんはヒザ。わたしは目。

 目をつぶって聴いていたのだが、隣の妻につつかれた。寝てねえのに。

 ついでのひとこと

 弟子の一花がNHK落語新人賞をとった。一花は忙しくなった。もうひとりの弟子・一之輔は引っ張りだこ。

 最近、ふたりとも遊んでくれないとぼやいて、客席を笑わせる。

2026年1月11日 (日)

狛江寄席 市馬の芸

 新春最初の落語は狛江寄席。場所は狛江エコルマホール。狛江の駅前だから、冷たい風が吹いても寒いってことはない。

 最近、柳亭市馬を聴いていない。あの声を聴きたいけど、新百合ヶ丘界隈ではやっていないからお預け状態だ。小田急沿線の狛江でやるのを知って、あわててチケットを買った。座席は後方しか空いてないが、致し方ない。

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 友人から、12月の浅草演芸ホールの市馬がすごく楽しかったとメールがきた。歳の瀬の噺といえば「掛取り」である。借金取りを気持ちよく追い返そうと知恵をしぼる。もともとは軽妙な三河万歳で掛取りを帰してしまうオチとなるが、市馬はこれを三橋美智也バージョンにした。これが大受けした。のどが自慢の市馬が歌うのだから拍手喝采となる。何回か聴いたことがある。

 これを美空ひばりバージョンにした。今回が初めてかどうかはわからないけど、なるほど、ひばりか。初めて聴いた友人は感動した。8曲、メロディで歌った。もういちど聴きたくなって翌日も出かけたという。

 すごい。わたしも聴きたい。今年の暮は、市馬を追っかけてみよう。

 で、今回の狛江寄席の演者と演目

 柳家三三   看板のピン

 ロケット団   漫才

 柳亭市馬   妾馬

 三三はこのあたりでやるときは、マクラは小田急線ネタになる。いくつかの面白い小噺を長めにやってから「看板のピン」。おなじみの軽い噺である。客席を盛り上げるのが上手い。きょうは、荒川のほか、全部で4席の掛け持ちだそうだ。売れっ子は忙しい。

 ロケット団の漫才は名人級である。M-1グランプリ優勝の連中と比べてみてもこちらの方がはるかに上である。時事ネタが多い。大谷と大仁田を繰り返して勘違いするネタが面白かった。

 で、トリの市馬。初場所が始まるということで、のどならしは、呼び出しの声、そして相撲甚句。これだけで、客席は大歓声となる。

  演目は「妾馬」。「八五郎出世」とも呼ばれるめでたい噺である。よく演じられる噺だが、市馬がやると一味ちがう。王道を行く芸である。

 いいひとときだった。今年の暮れは「掛取り」を聴きに行こう。うまくそうなるかはわからないけど。

 ついでのひとこと

 新年のラジオ深夜便の「ミッドナイトトーク」を聴こうとしたら、出演の柳家さん喬が体調不良のため、代わりに柳家喬太郎が出演した。喬太郎なら文句はない。

 

2025年12月14日 (日)

鶴川落語 正蔵・喬太郎

 ここ数日、ひどく寒い。風が冷たい。木枯らしとはこういうものか、夏の長い猛暑で忘れてしまっていた。温かくして出かけたが、手袋の指先から凍えていく。ホカロンを持ってくればよかった。

 鶴川落語。今回は林家正蔵、柳家喬太郎二人会。人気の噺家だからチケットは早々に完売となった。どんな演目になるか。年末だから、「芝浜」とか「掛取り」が定番となるが、ま、やらないだろうな。

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 今回の演目

  正蔵    雛鍔

  喬太郎  紙入れ

  喬太郎  時そば

  正蔵   浜野矩隋

 鶴川での喬太郎のマクラは、決まって箱根そばネタである。箱根そばは小田急沿線にある立ち食いそば屋。ここのコロッケ(カレーコロッケ)をかけそばに乗せる。この組み合わせがいい。タマゴでもかき揚げでもない、トッピングの意外な組み合わせを語る。何度も聞いた。マンネリだけど、ま、いいか。喬太郎自身は箱根そばより、小諸そばの方が好みらしいが・・・。

 そこから、すんなり「時そば」に入った。喬太郎らしいひねりがあるかと思ったが、古典噺どおりの展開、オチとなった。

 正蔵は「浜野矩隋」。先々代の円楽が得意としていた。現在よく演じられるかどうかは知らない。たまに聴くことがあるからそこそこにはやられているのだろう。

 腰元彫りの彫師の噺である。矩隋が名人と言われるまでになるかを描く。父親に負けないほどの彫りの技術を身に着けるが、その前に母親は自ら命を絶ってしまう。

 ちょいとトリビアな話題となってしまうが、母が死ぬのはかわいそうだと死なせないストーリーもある。こっちの方が多いやり方が多くなっているような気もする。

 正蔵は、簡単に命を絶つストーリーとしている。本来のやり方である。悲劇的な雰囲気はなかった。悲しくもない。正蔵のホンワカしたキャラがストーリーをやわらげているのだろう、持ち味である。

 ところで、今回、「マッテマシタ」とか「タップリ」と声をあげる客がいた。やたら声をあげる。うるさいほど。

 やめてもらいたい。一回で十分。励ましの掛け声になっていないことが、わからんのかねえ。

 

2025年12月 4日 (木)

かみわざ

 寄席の色物に紙切りがある。人間ざわとはとても思えないほどうまい。たいしてうまくない切り手もいるけれど、林家正楽は別格だった。惜しいことに昨年亡くなってしまった。至宝だった。今年、林家二楽が亡くなった。正楽に劣らずうまくなっていた。二楽は先代正楽の息子である。早晩、正楽を継ぐものと思っていたのに・・・。紙切り界はナンバーワン、ナンバーツーを失ったわけだ。

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 演芸評論家の吉川潮が雑誌「波」に追悼文を書いている。

 どうやって紙切りの修業をするか。まず、師匠(先代正楽)がお手本の馬を切る。それをまねて切る。何十枚も切る。ようやくお手本に近いものが切れると、こんどは走っている馬を切る。さまざまな馬の形を切ると、次は牛になる。続いて十二支、ライオン、象などになる。動物が終わると、ようやく人物になる、といった調子。

  ふーん、そうなのか。習って、習って、習って。そうやって、腕を磨いてきた。並みの修業でない。ハサミセンスもいるだろうが、お客さんからのリクエストを聞いて、さらっと藤娘だの相合傘が切れるようになるまでにはさらに時間がかかる。職人技、神技である。

 二人は抜きんでていた。紙切りをやる芸人はそこそこいるけれど、正楽、二楽のレベルには達していない。あと何年か、待つしかない。

 それまでは、AIロボットがチャカチャカチャカと切るなんてことがあるかもしれない。

 

 

2025年11月28日 (金)

一之輔独演会

 もっともチケットがとれないとか、忙しいとか言われる噺家は春風亭一之輔である。「週刊文春」に隔週で日記風のコラムを連載している。それを読めば、忙しさがわかる。全国を飛び回り、ラジオに出たり、エッセイも書いたりしている。その合間にネタ下ろしもやる。当然、練習もしなくてはいけない。

 池袋演芸場から新宿末廣亭まで歩く。電車移動ではない。ブツブツいいながら浚う(おさらい)。移動時間が練習である。権太楼も池袋新宿は歩くと聞いたことがある。忙しい噺家は、スマホ歩きはしない。そういうものらしい。今週の「週刊文春」をお読みいただければ、それがわかる。立ち読みでよいから読んでみて。

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  一之輔独演会に行ってきた。夜席である。場所は麻生市民館。10分とかからないから夜でも大丈夫。懐中電灯を持って。

  千席がすべて埋まった。さすが人気の噺家。

  今回の演目

  一之輔   藪入り

  梅朝    ぐつぐつ

  一之輔   心眼

  一之輔は喉の具合が悪くなった。で、当日、助っ人を頼んだ。春風亭一花に断られた。次に春風亭梅朝に頼んだら、夜席ならオーケーという返事。梅朝は登戸だから改称急行ならひと駅である。午後は30人ほどの落語会に出てきたという。夜は千人の大ホールである。

 演目は「ぐつぐつ」。柳家小ゑんの新作落語である。新作と言ってもずいぶん前に作ったもので、小ゑんの代表作である。当人以外も演っている。おでんの具材を擬人化したもので、イカ天とかハンペンが言い争いをしたり愚直を言ったりする愉快な噺である。ぐつぐつとは、言うまでもないが、おでんの大鍋が煮立っている音のことである。

 おもしろいから他の噺家もやる。小ゑん以外で何度か聴いたことがある。新・古典噺として生き残っていくのではないか。冬にはもってこいの噺である。

 一之輔は喉の調子を考えて、比較的おとなしい噺である。破天荒で、はじけるような噺ではない。これもよい。

心眼」は盲人の噺。身障者への配慮もあって、めくらなどという表現はつかわないようにしている。で、「景清」とか「心眼」、あんまが登場する噺は聴く機会が減っている。それほど気にすることもないのに。

 あんまの梅喜が目が開くよう薬師様にお百度詣りをする噺。願掛けのおかげで目が開く。で、あれこれあって、オチは「目明きってのは、面倒なものだ」となる。

 オチはいくつかあるが、基本はこれ。このオチは、気に入っている。もっとやればいいのにと思う。

 一之輔のやや静かな語り口もよかった。

 

2025年11月18日 (火)

「八起寄席」

 相模原南市民ホールでの「八起寄席」に行ってきた。落語は今月二回目。このぐらいのペースがよい。月末、もう一回、予定している。

 今回の主任は文菊だが、トリはちがっていた。

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 演者と演目

 立川寸志   目黒のさんま

 古今亭文菊  風呂敷

 鏡味仙成   大神楽    

 立川志らら   壺算

 ポピュラーな演目ばかりで、大ネタはない。こういうこともある。大ネタを聴きに来たというわけではない。

 寸志はまもなく還暦。でも、まだ二つ目。入門が遅かったからだが、落語はうまい。わたしは好きだ。最強の二つ目である。うっかりしていると還暦二つ目ということになってしまう。ぜひ、60前に真打になってはもらいたいと思うが、短期間でも還暦二つ目で売るのもわるくない。演目はおなじみの「目黒のさんま」。寸志らしい工夫凝らしていた。

 文菊は文菊らしい。こういうバカバカしい噺をばからしく大仰に演じるのが文菊流。トリの志ららの「壺算」同様、だます・だまされるをこっけいに描く噺である。

 酒に酔って帰ってきた亭主が家にいた男を間男と勘違いしてしまう惧れがある。困った奥さんは、鳶の頭に頼んで、事態を収めてもらう。こんな風にやったのだと頭は、風呂敷で見えないようにして男を逃がす。亭主は、なるほどうまいもんだねえ、だまされた男の顔が見てみたいものだと笑うというのがオチとなる。

「壺算」も店主をだまして壺をうまく買う噺。騙された店主はすっきりしないけど、すっきりさせるために金を返してしまう。

 昨今の特殊詐欺とは違うけど、だますという行為には違いない。落語はたわいもないだましの笑える世界を描く。

 ついでのひとこと

 風邪を引いた。鼻水が垂れる。熱はないからたいしたことはない。インフルエンザではなさそう。それが咳き込むようになった。ちょっと苦しい。

 妻も似たような症状がでている。どっちが先に持ち込んだかは、わからない。

 

 

2025年11月 6日 (木)

生田寄席 燕路の会

 生田寄席に行ってきた。今回は柳亭燕路独演会。

 開口一番に上がったのは柳亭ちょいと。まもなく前座(まだ見習い)である。柳亭こみちの弟子。ということは燕路の孫弟子になる。

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 今回の演目

  柳亭燕路  片棒

  柳亭市若  掛取り

  柳亭燕路  子は鎹

 大ネタがならんだ。こういう例は少ない。

 燕路は元気で明るい。声も大きく張りがある。賑やかな「片棒」は得意ネタなんだろう。この「片棒」、木遣りがあり、手古舞があり、お囃子があり、といったぐあいで、にぎやかである。それだけにかなりの技量がいる。声量もいる。歌がうまくなくてはできないネタである。それを軽快に、にこやかにやってしまう燕路はすごい。市若の師匠の柳亭市馬に次ぐぐらいと言ってよい。

 市若の「掛取り」も難しいネタである。大みそかの掛取りをうまく追い返す噺である。掛取りの好きな話題で持ち上げ、掛けを来年に延ばしてもらう。狂歌好き、芝居好き、ケンカ好きなど、ことば巧みに言いくるめる。

 市若の師匠・市馬の三橋美智也バージョンで大人気を博した。のど自慢の市馬ならではの改作である。

 市若は、この部分を競馬好きにして、工夫を凝らしている。この工夫はよいが、ちょっと早口が気になる。もっとゆっくり喋ればよいのに。

とくに、狂歌の部分は、ゆったりやったほうが、観客の心にとどく。

 貧乏をすれど我が家に風情あり 質の流れと借金の山

 山水やねえ。

2025年10月 6日 (月)

扇辰・兼好二人会

 自民党総裁選は盛り上がらなかった。それより面白いのは、地方。伊東市長はどうなるか、前橋市長もホットニュースだった。前橋は何にもない街だから、これで活気が呼び戻せるかもしれない。

 私の見解ではない。兼好はこんなことをマクラでしゃべっていた。笑える。

鶴川落語」に行ってきた。今回は、入船亭扇辰・三遊亭兼好二人会。

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 今回の演目

  兼好  権助魚 

  扇辰  小間物屋政談

  扇辰  死ぬなら今

  兼好  竹の水仙

 「小間物屋政談」は短編小説のような噺である。落語噺としては長尺。偶然のすり替わりで、死んでしまった男が生きていたことがわかり、さて、どうなるのかといった物語。最後は大岡越前のお裁きとなる。大仰な顔の演技で笑わせるのが扇辰風。声だけじゃない。

 トリは兼好。宿屋に泊まった客は大酒のみ。しかも金は持っていなかった。となると「抜け雀」かと思うと、そうではない。裏の竹やぶで竹を切ってくるというところで、噺が分かれる。「竹の水仙」だとわかる。左甚五郎もの。落語通じゃないとわからない。 

 兼好の「竹の水仙」は宿屋の女将さんが愉快。亭主をどなりちらすが、客には色っぽくふるまう。この女将さんのパフォーマンスが笑える。お茶目キャラ。どう可笑しいかはライブでみるしかない。

 ふたりとも自分の持ち味を十分発揮していた。うまいもんだ。

 高市早苗さんが、お茶目にふるまえたら、おもしろいのだが・・・。

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