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映画

2024年9月11日 (水)

「ポライト・ソサエティ」

  新宿に出かけた。ついでに「ポライト・ソサエティ」を観てきた。上流社会の意味か。

 空手教室のシーンから始まる。イギリス映画だが、舞台はたぶんパキスタン。インドのようでもある。上流階級の家族。主人公のリアは高校生、将来はスタントガールになりたいと思っている。フォールギャルである。姉のリーナは絵がうまい、美術志望。その姉に恋人ができる。相手も金持ちらしいが、ちょっと怪しい。調べてみると、姉の子宮を狙っているらしい。

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 音楽はロック調。パキスタンを感じさせない。突然、浅川マキの「ちっちゃな時から」が流れる。えっ、なんで? であるが、なつかしい。たぶん監督がこの曲が好きなんだろうと想像する。パンチがきいたいい歌だ。

 ちっちゃな時から 浮気なお前で、いつもはらはらする おいらはピエロさ・・・

 (この歌、50年ぐらい前にヒットした。今聴いても新鮮だ。知らない人はぜひYOUTUBEで聴いてもらいたい。)

 リアは後ろ回し蹴りが得意。このあたりはカンフーだ、

 といったぐあいで、ハチャメチャなコメディ。けっこう楽しめる。

 登場するのはほとんど女性。女の世界 マッチョな女性も登場する。空中を回し蹴りで跳ぶシーン(空中後ろ回し蹴り)がビューティフルである。

 

2024年9月 7日 (土)

「愛に乱暴」

  イオンシネマで「愛に乱暴」を観てきた。江口のりこ主演。江口ファンとしては見逃すわけにはいかない。

 ずいぶん売れっ子になった。むかしから、突き放したような演技やけだるい雰囲気が気に入っていた。一度だけ立ち話をしたことがある。それはどうでもよい。

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 桃子(江口のりこ)は夫の実家の敷地内で暮らしているごくふつうの主婦。しかし夫(小泉幸太郎)との関係は倦怠期というか稀薄になっている。ノラ猫を捜したり、ごみ置き場を清掃したりする日々。夫から、つきあっている彼女がいると告白される。すでに子を宿しているという。これをきっかけに桃子の気持ちはゆがんでいく。居間の畳をあげ、買ってきたチェ-ンソーで床板を切り取る。ジェイソンを思い浮かべる。床下に秘密がありそうだ。家庭菜園でとれたスイカを女のもとに持っていくシーンも意味ありげ。といった展開で、桃子の行動はさらに異様になっていく。

  カメラは手持ち、桃子の背後から撮影する。桃子のいらだちというかやり場のない感情を映し出す。

  さわやかな映画ではない。すっきりしないけど、ラストはおだやかである。アイスキャンデーを食べるような清涼感が伝わってくる。

 ついでのひとこと

  と、書いてみたが、すっきりした文章になっていない。ネタバレを避けようとしているせいか。

 源氏物語のシーンが浮かんだ。スイカを持って女に会いに行くシーンは光源氏が妻を寝取った柏木と会って相手を非難する場面と重なる。設定は似ている。

 桃子は、過去と決別する。どう生きていくのだろうか・

 

2024年9月 3日 (火)

「きみの色」

 ようやく秋らしくなってきた。アブラゼミの声は消え、ツクツクボウシが鳴く。ヒグラシがふさわしいのだが、なぜかこの辺りではヒグラシは聞かなくなった。

 山田尚子監督のアニメ、「きみの色」を観てきた。

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 高校生が主人公。トツ子はちょっと変わっていて、人の個性が色に見える。緑とか赤とか美しい色とか。アニメの映像は、淡くて霧がかかっているよう。たいていのアニメは鮮やかな色調なのだが、「きみの色」は派手な色は抑え、落ち着いた色調となっている。

 トツ子は、学校を辞めてしまったクラスメイト・キミを捜す。キミは美しい色を放つ女の子だった。本屋で働いているとのことで、町中の本屋を巡り歩く。キミがギターの練習をしているのを見つける。もう一人、古書店で男子のルイと出会う。音楽好き。三人は意気投合してバンドを組むことになる。

 ミッション系の学校で校則は厳しいようにみえるが、教師は寛容で、クラスメイトも優しい。ルール違反をしても、とりたてて大事にはならない。そして、彼らは学園祭で演奏することになる。ただそれだけ。暴力も恋愛模様もない。ストーリーは単純である。

 監督も脚本も女性。前回観た「ラストマイル」と一緒。映画でも女性が大活躍する時代となっている。繊細さは女性の方が優れている。小説の世界では、すでに女性作家が優位となっている。

2024年9月 1日 (日)

「ラストマイル」

 久しぶりにスリリングな日本映画を観た。「ラストマイル」。

 巨大な宅配用の物流倉庫を舞台とするものだ。アマゾンの配送センターを思い浮かべればよい。宅配品が届け先の家庭で爆発する。爆発物が仕掛けられていた。犯行声明があった。12個に爆発物を仕掛けたとのメッセージ。折しもブラックフライデー。もっとも忙しい時期である。一つずつX線検査で確認しての出荷となるから、入庫も配送も大混乱となる。

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 巨大配送センターを舞台とした映画はいくつもあった。低賃金で仕分けや配送を担う労働者を描いたもの。今回の「ラストマイル」も同様であるが、それと並行して爆発藩を追うサスペンスものとなっている。ちなみに配送者の収入は一個配達して150円。

 派手なアクションシーンはない。スタントをつかうような派手な爆破シーンもない。そのあたりは控えめである。

 脚本は野木亜紀子、監督は塚原あゆ子。いずれも女性。主人公のセンター長も女性、満島ひかり。アクション映画にしてはハードではない。まなざしは優しいし、細やか。

 センター長は倉庫を止めないように踏ん張る一方で、犯人探しの手がかりを探る。内部の犯行が疑われる。

 警察は、つまり男性群はほどよくバカに描かれる。ま、よくあるパターン。ラストまで緊迫した展開となる。脚本がうまい。楽しめた。

 この映画、かつてのテレビドラマの延長にあるという。観ていないし、まったく知らなかった。

 タイトルのラストマイルは、ラストワンマイルともいう。むかし耳にしたことがある。配送の最後は人の手になる。インターネットがどれほど発達しても、最後に届けるのは人力、ヒトになるといった意味で使われた。そうなのだが、いずれ、ドローンやロボットに変わっていくことになるかもしれない。

  しんゆりのイオンシネマにしては観客は多かった。大ヒット映画になるかもしれない。

 

2024年8月20日 (火)

「大いなる不在」

 DVDディスクプレイヤーが壊れた。長く使ったので、買い替えることにした。

 古いデッキを取り外し、あらたにセットしようとしたのだが、これがうまくいかない。目が悪くなったので、マニュアルがよく読めない。サイドボードを動かし、これが重い、配線を見極めながら、セットする。これでうまくいくかと思ったら、ビデオが映らない。やり直し。一本つながっていないことがわかった。で、ようやくのことで完了、映った。炎天下を歩くより汗をかいた。昔なら朝飯前の作業ができなくなっている。歳だ。ぼける日が近いように感じる。認知症予備軍だと自覚する。うすらうすら自覚症状はあるのだが。

 アートセンターで「大いなる不在」を観てきた。認知症の話だ。

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 冒頭、事件発生とばかり防御服を着た警官がやってくる。どういう事情かよくわからないが、警察に確保されたのは元大学教授の陽二(藤竜也)。息子の卓、たっくん(森山末來)は、久しぶりに会う父に驚く。認知症が進んでいたのだ。まったくぼけているわけではない。まだらぼけである。父親が再婚した直美(原日出子)は家を出ており、行方がわからなくなっていた。

 映画は過去と現在が交錯する。父親は、しっかりしているようでもあり、ぼけて現実がわからなくなってしまっているようでもある。息子は戸惑うが、イライラすることはない。現実を受け止めながら父親と接する。過去と現在がこ交錯するので、わかりにくい点もある。まあ、こちらもボケが入っているからね。

 記憶をよびもどしたり過去がよみがえったりするキーとなるのは日記である。どのようなことが書かれているのか、実のところよくわからないが、詩のような部分もある。幻想のようでもある。

 藤竜也の演技は印象に残る。森山末來の抑制の効いた演技もよい。

 ということで、ボケ予備軍の人におすすめ。

2024年8月18日 (日)

「フォールガイ」

 パリ・オリンピックの閉会式にトム・クルーズが登場した。

 ワイヤーアクションで屋根から飛び降り、ノーヘルでバイクを走らせた。向かったのは次回開催のロス。HOLLYWOODの大看板が映し出される。うまい演出だった。トム・クルーズはスタントを使わないと言われている。どこまでそうかは知らないけれど、飛び降りはスタントなしだった。

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 イオンシネマで「フォールガイ」を観てきた。スタントマンの話である。主演はライアン・ゴズリング。「ドライブ」とか「ラ・ラ・ランド」を思い浮かべる。

 スタントマンのコルト(ゴズリング)は撮影中の落下事故で大けがを負う。18か月後、現役復帰する。恋人だったジョディが映画初監督となると聞いたからだ。ジョディは復帰に反対するのだが、コルトはそれをおしのけ、スタントこそわが人生とばかり命がけのアクションに挑む。カーアクションでは何回転もして迫力あふれる危険なプレイをやってのける。もちろんケガはない。「ワイルド・スピード」のようなど迫力のシーンにスタッフも大喜びする。

 撮影中に主演の俳優が失踪してしまう。行方を捜すのだが、わけのわからない方向に事態は動いていく。しかし、それはどうでもよいと言わんばかりの撮影シーン、つまりスタントアクションシーンが続く。これぞハリウッドスタイルの映像である。後半になって、失踪した俳優も登場してドンパチ、ドタバタとなる。映画はこうして撮られていく、ということを楽しむ映画だとわかる。

 それにしても、ハリウッドのアクション映画は大変である。ありきたりの映像では観客を楽しませることができなくなっている。

 体操競技の難度がどんどんあがっている。ウルトラⅭ程度でも高得点がとれない。離れ業を繰り出さないとメダルを手にすることはできない時代になっている。アクション映画もそれと同じ。難度は増している。

 最後の最後まで観客を楽しませようとする意気込みを感じるのだが、その一方で、こうまでもしないと映画はヒットしないと考えているハリウッド製作陣のつらさのようなものを感じてしまう。そういう目で観るのも楽しいかもしれない。

2024年8月14日 (水)

「めくらやなぎと眠る女」

  暑さが続く。老人がおしゃべりをしている。くそ暑い! くそ暑い! と連発している。ま、そうである。シット!

 この暑さを酷暑とも猛暑とも言う。猛暑にはクソアツイとルビを振ったらどうか。

 暑さの中、アートセンターに出かけ「めくらやなぎと眠る女」を観てきた。村上春樹のいくつかの短編をアニメにしたもの。短編をオムニバスのようにただつなげたものではない。分割したりして流れをつなげるよう工夫を凝らしている。とはいえよくわからない。村上風幻想ワールドは観客を戸惑わせる。原作は未読。

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   東日本大震災のあと、小村の妻キョウコは突然家を出る。小村はキョウコがいるらしい北海道に向かう。小村の同僚の片桐は会社ではうだつの上がらない中年男。大きなかえるくんと出会い、やがて来る大地震から東京を救おうとする・・・。

こう書いてみてもよくわからない。幻想というか暗喩というか。読者や観客はきつねにつままれる。ま、かってに想像してくれということだろう。これが村上ワールドなんだろうが、わたしにはよくわからない。

 かえるくんって、なんだろうか。巨大な青蛙。ジブリならトトロか。

 映画が終わって外に出る。暑さは続いている。セミがうるさい。

2024年8月10日 (土)

「蛇の道」

 アートセンターで黒沢清監督の「蛇の道」を観てきた。

 かつて制作した映画をリメイクした。前作は観ていないのでコメントすることはできない。何らかの思い入れとかやり残したことがあったのだろう。自身の作品をリメイクしたものに市川昆の「ビルマの竪琴」がある。あれは、モノクロのものをリメイクではカラーにしていた。

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 さて、「蛇の道」。フランスで精神科医として働くサヨコ(柴咲コウ)はアルベールという人物と知り合う。アルベールは8歳の娘を誘拐され殺されている。サヨコは復讐に燃えるアルベールに協力することになる。犯行はある財団が関与していることを突き詰めたアルベールはその一員を拉致し、拷問しているが、白状しない。このあたりの経過はよくわからない。たぶん後半で明らかにされるだろう。伏線の回収ってやつだ。

 財団は多数の子供を拉致して臓器販売までしているらしい。サヨコは財団探りに傾注し、アルベール以上にのめり込んでいく。なぜ?

 ざっとこんなストーリー。サスペンスである。ヌワールと言った方がよいか。黒沢清らしい謎につつまれており、最後まで明らかにされないこともある。ちょっと不満がのこる。警察は何してたんだよ! と、ごく普通な感情が浮かぶ。すっきりしない。

このすっきりしない感は濱口監督の「悪は存在しない」にもあるが、すこし違うような気がする。連想の質の違いといったらよいか。

  ついでのひとこと

 パリ・オリンピックはまもなく終わる。この間、NHKはオリンピックに乗っ取られている。オリンピック番組を観ないわけではないが、アナウンサーや解説者の絶叫は耳障り。蝉の声よりうるさい。

 

 

2024年8月 6日 (火)

「お隣さんはヒトラー?」

 アイヒマンが南米でモサドのよって拘束されたのは1960年。その時代の話である。

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 ポーランドからコロンビアに移住したポルスキーは町はずれの一軒家に住んでいる。隣にドイツ人のヘルツォークが引っ越してきた。隣家と境界争いとなり、庭で大切に育てていた黒いバラの木は隣家側となってしまう。隣の飼い犬が立ち入ったり何かとトラブルになる。ヘルツォークはいつもサングラスをしている。どことなく胡散臭い。ある日、サングラスを外したヘルツォークの目を見て、ヒットラーではないかと疑いをもつ。風貌はヒトラーに似ている。そうか、ヒトラーは生きており、南米まで亡命したのではないかと疑い、隣家を探ることになる。

 ヒットラーのプロフィールや身体的特徴、趣味嗜好まで調べ上げ、隣人がヒトラーであることを確信する。当局にうったえるが、取りあってくれない。

 交流がないわけではない。互いにチェスが好きであることがわかる。手合わせをすることになる。落語の「笠碁」を思い出すが、同じようではない。

 ポルスキーはホロコーストで家族を喪くしており、ナチスに対する憎しみは消えるものではない。さらに身体的特徴、嗜好などを探り、決定的証拠を見つけようとする。

 で、どうなるか、であるが、それを言えばネタバレになってしまう。ネタバレの部分がおもしろく、笑えるのだが・・・。意外な展開が待ち構えている。

 音楽も軽く、コメディータッチ。深刻さを和らげるような雰囲気となっている。落語を聴くような感覚で気楽に観ることができる。

 この映画、ポーランドとイスラエルの合作。2年前ほどの作品である。今のイスラエルを考えると、こんな映画を作る雰囲気になっていないかもしれない。

 

2024年7月27日 (土)

「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」

  アポロ11号が月面に着陸したのは1969年、今から50年以上前のことである。

 宇宙服を着たアームストロング船長等の月面での活動が世界中にリアルタイムで放送された。現場からのテレビ中継。あれには驚いた。今では当たり前のことだが、月からの映像がたちまちのうちに届くなんて、信じられなかった。

 だから、疑いをもつ人もいた。あれはフェイクだと。といったうわさがささやかれた。今なら、かなり拡散したかもしれない。

 その噂ばなしをヒントにした映画が「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」である。イオンシネマで観てきた。

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 ケリー(スカーレット・ヨハンセン)はPRのエキスパート。政府機関の要請でNASAに送り込まれた。アポロ計画はソ連に対抗するための国家事業である。なにがなんでも成功させなければならない。この事業の責任者は、失敗してもいいような策略をケリーに打ち明ける。NASAの基地内に月面を作り、アポロとそっくりの活動を放送するというフェイク計画である。ケリーは計画に疑問を抱きながらもそれを受け入れ、宇宙飛行士らのPR活動につとめる。

  発射責任者のコール(チャニング・テイタム)は当然反発するが、ケリーの説得により、協力することになる。

 で、ここから。すんなりフェイク作戦は進むと思われるが、そうはいかない。猫が邪魔をしたり、紆余曲折がある。このあたりがドタバタ。おバカ撮影監督が笑わせる。全体を通じてギャグと素早いテンポのしゃべりがつづく。いかにもハリウッド的。軽快である。

 タイトルはもちろんあのヒット曲であるが、劇中ではちょっと歌われるだけ。フランク・シナトラの歌声はない。「ムーン・リバー」も出てくるが、これも短い。

「スペースカウボーイ」というイーストウッドの映画があった。そこではフライ・ミー・トゥ・ザ・ムーンが流れていたような気がするが、どうだったか、自信はない。

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