『夜明けのすべて』
映画「夜明けのすべて」を観たのは今年の5月。なにか起きそうで起きない展開がおもしろかった。映画は原作とはちょっと違っていて、原作にはないエピソードが加えられていると、知人が語っていた。詳しくは聞かなかったので、ちょっと気になっていた。
映画「碁盤斬る」が落語の「柳田格之進」と違っているのと同じようなものだろう。「文七元結」の佐野槌の女将さんを登場させていた。
で、原作『夜明けのすべて』を読んでみた。原作者の瀬尾まいこの作品が最近の国語教科書に載っていたことも読むことにした理由のひとつ。
映画と設定は同じ。ただし、PMS(月経前症候群)の藤沢さんと、同僚のパニック障害の山添くん、交互に二人の視点で描かれている。映画ではでは藤沢さんが主役だが、原作本では二人が主役である。以前紹介した『方舟を燃やす』も二人の視点で描かれていた。
小さな会社(映画では学習用の望遠鏡などを製造販売している会社だが、原作では建築資材の卸売りの会社)が舞台。藤沢さんはPMSで同僚に迷惑をかけるので、転職した。後から入社した山添くんは電車にも乗れないようなパニック障害を抱えていた。共通して障害はあるものの仕事をやめるようなトラブルは起こしていない。会社はギスギスしておらず、ゆるやか。藤沢さんは山添くんにちょっとおせっかいだが、恋愛感情はない。山添くんも藤沢さんを避けるわけでもなく、淡々としている。
小さなエピソードというかトラブルは起きるもののずっと平穏である。二人の仲は縮まっていくようにみえるが、そうでもない。ただ、PMSもパニック障害も少しずつ緩和していく。
この栗田金属という会社自体が癒しの空間になっている。社長も穏やかで利益追求なんてことを優先していない。誰かが休めば誰かがごく自然にカバーする。額に汗して頑張るなんてこともない。
で、クライマックス。劇的な展開とはならない。穏やかな風が流れている。この先どうなるかといった予感はないわけではないけれど。どうでもよい。これでよいのだ。