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読書

2024年6月 2日 (日)

戦禍の臭い 『戦争語彙集』

 ロシアによるウクライナ侵攻はいまだ収束の兆しはない。もういい加減にしたらと言いたいのだが、それは部外者の見解であって当事者はそうはいかない。それはわかるが、第三者第三国は、関心も支援も薄れている。

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戦争語彙集』を読んだ。避難するウクライナの人たちが語ったことを証言集としてまとめたものである。タイトルから、戦時下に生まれた新語とか新表現を事典のようにしたものと思っていたが、そうではなかった。インタビューの断片集である。

意外性はさほどない。ブチャでの悲惨な映像を目にした者にとっては、そうだろうなあと、うなずくだけで、それ以上の感慨はでてこない。疲れかもしれない。

 それでも、印象に強く残るものもある。たとえば臭い。

「痛みの臭い、忘れられるもんじゃない」。「金属っぽい甘い血液の、何日も洗ってない体の臭い」

 映像や音声は記録に残る。痛みはわかるが、臭い、匂い、嗅覚といったものは表現しにくいから記録には残らない。

 バラの匂い、リンゴのにおいはわかる。しかし、痛みの臭いは・・・想像できない。

2024年5月29日 (水)

『歳月』

 目が悪くなったことは何度も書いた。映画の字幕も読みづらくなった。適当に読んでいる。困ったことだが、そのぶん、英語のヒアリング能力が上達したようだと、うそぶいている。

 細かい字の本は読まないようにしている。活字の大きい本がよい。さらにわかりやすいものがよい。

スタジオジブリのプロデューサー鈴木敏夫さんの『歳月』を読んだ。これは目に優しい。交遊録。軽いエッセイというかコラム集で、内容も易しくて優しい。

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 短いコラムだが、人物を的確に短い文章で描写している。

 たとえば、スティーブン・スピルバーク。ジブリ美術館に訪れた際、トトロぴょんぴょんが気に入って、その前に座り込んで動かなくなった。3時間も。

 ジブリパークが長久手につくられたきっかけも明らかにしている。ファンは当然知っているかもしれないけど、私は初めて知った。ヘェ、そうだったのか。鈴木敏夫さんは名古屋出身である。それと関係がある。

映画「君たちはどい生きるか」の前宣伝がチラシ一枚だったいきさつも。

 本の題は茨城のり子の詩集から採ったという。なるほどね。

 鈴木さんの人柄の良さが感じられる。穏やか。それが、ジブリがうまくいっていることと大いに関係がある。

 

2024年5月25日 (土)

『彼女たちの戦争』

 登戸研究所資料館主催の「女の子たち風船爆弾をつくる」というイベントが明治大学生田校舎あった。作家の小林エリカさんと山田朗さん(明治大学平和教育登戸研究所館長)の対談である。

 生田は新百合ヶ丘から近い。登戸研究所資料館にはこれまで何度か行っている。ドキュメンタリー映画「陸軍登戸研究所」も二度観ている。しんゆり映画祭でも昨年、地元映画として上映した。部外者にしては登戸研究所のことをよく知っているつもりだ。

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 小林エリカさんの著作では『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』を読んでいる。戦争に翻弄された女たちを紹介したコンパクトな評伝集。28の章で構成されおり、第1章がマルゴーとアンネ・フランク姉妹、最後の章が風船爆弾をつくった少女たちとなっている。登戸研究所は風船爆弾開発にかかわっている。

 今回の対談は、動員により風船爆弾を組み立てた女学生たちの話である。「女の子たち風船爆弾をつくる」というのは小林さんの最新の小説(ノンフィクションノベル)のタイトルになっている。

 風船爆弾の風船部分は和紙とこんにゃく糊で作られている。動員された女学生たちは風船に組み立てた。場所は有楽町の東京宝塚劇場。なぜ宝塚劇場だったか、以前何かで読んだ記憶があるが、天井の高い建物だったから選ばれた。

 風船爆弾は気流に乗ってアメリカ大陸まで届いた。おもちゃのような風船だが、この爆弾で数名が犠牲になっている。

 対談は面白かった。ノンフィクションノベルにはいくつもの工夫が凝らされているようで、興味が増す。読みたくなる。『彼女たちの戦争』に紹介されていたアンナ・アフマートヴァの詩も読んでみたい。目が悪いのに、読みたい本が増えていく。

 

2024年5月 7日 (火)

『存在のすべてを』

 4月21日の「取材と構想」の続き。

塩田武士の『存在のすべてを』をようやく読み終えた。

 厚木と横浜で二つの児童誘拐事件が起きる。身代金要求に対応する警察の動きがドキュメンタリータッチでリアルに描かれる。厚木の児童は無事見つかった。もう一人は行方不明のまま。しかし3年後に何事もなく家に戻った。犯人は逮捕されなかった。 

 それから30年、当時取材していた新聞記者・門田は、元刑事の通夜に行く。そして再び事件を追うことになる。この記者が主人公かとおもったら、後半は画廊に勤める女性の視点で描かれるようになる。新進気鋭の写実画家が、誘拐されて行方不明となっていた児童だったことが週刊誌で報道される。

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「取材と構想」という視点を頭に入れながら読んだ。読者は、なぜ児童は3年間行方不明だったのか、犯人は誰なのか、などの疑問を抱きながら読み進める。誘拐された児童の家庭環境がしだいに明らかになっていく。そして3年間どうしていたのかも明らかになる。

日本の絵画界の実情、ヒエラルキー構造、画家と画廊(画商)の関係などについて丁寧に説明している。著者は写実画についてかなり突っ込んだ取材をしているのがわかる。*絵画界(画壇とかヒエラルキー)については黒川博行の小説でも読んだ記憶がある

写実画とは、写真より精密に書かれたスーパー・リアリズムの絵である。写実画を展示する千葉のホキ美術館(小説ではトキ美術館になっている)がちらりと紹介されている。

 この小説、犯人探しよりも、親と子、家族のありようがテーマになっている。だから犯人の行方については最低限しか触れられていない。それでよいと思う。

 ついでのひとこと

 黒川博行の『悪逆』が「吉川英治文学賞」につづいて「大人の推理小説賞」も受賞した。過払い金やカルト宗教で不当に稼いだワルを殺害して金を奪った犯人を追いかける刑事を描いたものだ。犯人は捕まりませんようにと願いながら読んだ。一級のミステリーである。こちらもおすすめ。

 

2024年4月21日 (日)

取材と構想 塩田武士

 先週、塩田武士の講演会に東銀座まで行ってきた。

 テーマは「取材と構想」。塩田武士は人気の小説家である。いつくもの賞をとっているが、わたしが読んだのは『罪の声』だけ。グリコ・森永事件に着想を得た小説である。

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 今回の「取材と構想」はそのタイトルのとおり、事件や歴史的事実を調査・取材したり、インタビューする、それと同時にどう小説に組み立てていくか、その手の内を明かすものである。

 文献を厳密に調べたり、事件に関わりのある人物と面談したりするのは当然のことだろうが、塩田さんは元新聞記者だから、そのあたりは心得ている。

 構想は、作家によって違ってくるが、基本的な枠組みは変わらない。取材したものの取捨選択。配列、つまり起承転結をどうするかである。

 書き出しをどうするか、どのエピソードを持ってくるか。ミステリーなら伏線をしっかり敷き、それをどう回収するのか。映画の脚本と同じで、橋本忍を描いた『鬼の筆』と重なる。

 塩田さんの話には説得力があった。内容は省くが、なるほどと感心した。で、講演会のあと、ただちに本屋に飛び込んで、最新作『存在のすべてを』を買った。

 1991年、厚木と横浜で二つの児童誘拐事件が発生する。警察の動きがドキュメンタリータッチで描かれる。さらわれた一人は無事、もう一人は行方知れず。犯人は捕まらなかった。それが序章。

 それから30年後の2021年、当時捜査にあたった刑事の通夜の場面となる。新聞記者の門田は再び事件を掘り起こすことになる。

 設定は『罪の声』と似ている。あれは昔の30年ぐらい前のカセットテープを見つけるのが発端だった。

 おもしろい。昔なら二日もあれば読めただろうが、いまはそうはいかない。目が悪くなり、30分もすると、目がかすみ、まぶたに疲労感がひろがる。巻を措かずとはならない。ゆっくり読めばよい。で、まだ半分にも達していない。

 写実画家が登場する。写実画とは写真より精密な絵である。千葉にあるホキ美術館を思い出す。この小説にも出てくる。誘拐され行方不明だった児童が写実画家になっている。さて・・・

 本書が出てから半年が経っている。読んだ人もいるだろうし、これから読む人もいるだろう。読む途中だからいくら書いてもネタバレにはならないだろうが、こ令嬢書くのはやめておく。いくつか散りばめられた伏線がどのように回収されるのか、あるいは収束するのか、じっと目を閉じ、あれこれ夢想している。

 読み終えるのに、あと一週間はかかる。ゴールデンウィーク前には読み終えたい。

2024年4月 9日 (火)

『中井久夫の人と仕事』

 精神科医が書くエッセイ(難しい専門書ではない)を多く読んできた。中井久夫もそのひとり。でも、一人に集中してというわけではないから、それほどは読んでいない。ぽつりぽつりとである。

 最相葉月の『中井久夫の人と仕事』は、中井久夫の著作集(全11巻)の解説をあらためて一冊の本にしたものだ。中井久夫の生涯を描いたものともいえるし、思索をたどったものともいえる。中井久夫の業績を知るにふさわしい著作である。

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 中井久夫の文章を読むと、なんだかいいなあとか温もりのようなものを感じる。続けて集中して読むのはもったいないような気がして、ときどき読むようになった。途中で本を閉じることもある。それがぽつりぽつりである。

 精神科医の中沢は、優しい。患者の気持ちに沿って診療する。治療とも思えないような診察である。精神科医はそれでよい。無理に薬とか注射で治るような病ではない。うつだのといっても幅広い。患者によって治療法はさまざまであって、ウイルスに感染したといった病とは違う。うつは病気と考えない方がよいのかも知れない.

精神病治療に電気ショックを与えたりする治療がある。鉄格子のある病棟に閉じこめたり拘束服を着せたりすることもまだ行われている。中沢の考えはそれとはまったく異なる。

以前、当コラムで『治りませんように』を紹介したことがある。襟裳岬にちかい浦河町にある「べてるの家」を取材したものだ。べてるの家には統合失調症などの精神障害を患う人が共同で暮らしている。精神科医やソーシャルワーカー、家族らが彼らの支え、事業を営んでいる。ゆるい日常である。治ることにしがみつかず、適当に自分自身と折り合いをつけながら暮らしている。中井久夫の考えと似ている。

統合失調症は的確な治療法は患者によって違う、患者自身が考えながら治療を受けることが大切だと考えた方がよい。

 中井の治療法についてはさらに詳しく触れたいけど、やめておく。中井久夫の著作をぜひ読んでもらいたい。

 最後にひとつだけ引用。

中井は常々、「精神には自然回復力がある」といい、「本来統合失調症は、治りにくい病気ではなく、回復を妨害する要因が多い病気である」と語ってきた。

2024年3月28日 (木)

『ユーカラおとめ』

 せんだって、朗読の歌の会「いのちかけて」について書いた(3/12参照)。三人の女性のうち、知里幸恵についての伝記小説『ユーカラおとめ』を読んだ。アイヌの彼女はアイヌの口承文芸である「ユーカラ」を日本語に翻訳した。「アイヌ神謡集」として出版された。その短い生涯を描いたものだ。

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 アイヌ語の研究で知られる金田一京助の手助けをするため上京し、京助の自宅に住むことになる。京助は研究熱心だが、人付き合いの機微には疎いところがある。アイヌ文化を尊重する一方で、平気で、差別表現である「土人」ということばを使ったりする。無神経である。京助の妻・静子は神経質で気分にむらがある。夫婦仲はよいとは言えない。

「ユーカラ」をローマ字で書きとめ、日本語に翻訳するのが幸恵の務めである。京助によく仕え、京助も彼女の能力を高く評価した。

 幸恵は心臓の病があったが、その命を削るようにその作業に集中した。アイヌの言葉や文化が和人(日本人)によって滅ぼされてならないというのが天命だと感じていたから全力を尽くしたといえる。

 中條百合子という時代の先端を行く女性がしばしば金田一宅を訪れる。のちの宮本百合子である。百合子は幸恵の立場を理解しつつも、上から目線というか、アイヌを低く見ているようなところがあった。幸恵は反撥する気持ちはあったが、強く抵抗はできなかった。

 本書では書かれていないが、19歳で命を落とすことになる。

 このごろ、アイヌをめぐっての文化伝承のイベントや出版物を目にするようになった。映画「ゴールデンカムイ」もその一つ。原作はコミック。コミックを読んだ人からすると中途半端な終わり方で、物足りない映画だったようだが、原作を読んでない私はそこそこ楽しめた。続編を期待している。

 もうひとつ。東京新聞(夕刊)に連載中の「札幌誕生」は、ちょうどアイヌを描いている場面である。

2024年3月22日 (金)

『香子 紫式部物語』

 NHK大河ドラマ「光る君へ」を妻が熱心にみている。大河ドラマなど見向きもせず、他局の「ポツンと一軒家」だったのに、今回は別ということか。わたしも付き合って、とぎれとぎれだが、ぼんやりみている。さして面白いとも思わないのだが。 

 箒木蓬生の『香子㊀ 紫式部物語』を読んだ。著者にはしては珍しい著作のようだが、そうともいえない。ペンネームはまさに源氏物語の帖からとったものだ。数年前に出した『ネガティブ・ケイパビリティ』の中でも源氏物語を採り上げている。源氏物語には、光る源氏の死を描いた帖が欠落しているといった内容だった。

 それはともかくとして、『香子』(カオルコと読む)。紫式部の生涯と「源氏物語」各帖の執筆内容(現代語訳)を平行して描いたものだ。

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 大河ドラマでは「まひろ」となっているが、本書では「香子」としている。いずれも紫式部のことである。本名なのか幼名なのかわからないけど、同一の人物である。

夫をはやり病で亡くした香子は父の赴任地である越前に赴く(夫はまだ存命との説もある)。そこで「桐壷」の帖を書き始める。本書では半分ほど読み進めたあたりである。これを読んだ父は面白いと高く評価する。

「桐壺」に次ぐ二帖は「帚木」である。著者のペンネームはここからとったものであることは言うまでもない。この帖には、よく知られた「雨夜の品定め」がある。この部分の現代語訳にけっこう紙面を割いている。おもしろいからね。

 その中のエピソード。男がしつこく通ってくるけど、逢いたくない。で、ニンニクを食べたので逢うのはちょっと、と断る。笑える。

『香子』は全5冊になるそうだ。本書(第一巻)は「若紫」の帖まで。まだまだ先は長い。

 大河ドラマではまだ京にいる。源氏物語を書き始めるまで、まだ間がある。

 気になるのは、光る源氏の死をどう描くのか、あるいは描かないのかである。4巻か5巻あたりになる。

『源氏物語』はかなりの素養(万葉集など日本の古典とか漢籍の知識)がないと深く理解できない。『香子』はその手助けとなる。

2024年2月13日 (火)

菜の花忌シンポジウム

菜の花忌」のイベントに行ってきた。場所は文京区のシビックホール。

 今回で27回になるという。今年初めて参加した。昨年は抽選ではずれた。ことしのシンポジウムのテーマは『街道をゆく』。 

 このシリーズは43冊になるのだそうだ。そんなに出ていたのかと驚く。「週刊朝日」に連載中にいくつかは読んだ、あとは数冊しか読んでいない。

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  今回のパネリストは、今村翔吾岸本葉子磯田道史。そして司会は古屋和雄。みな、全部か、だいたい読んでいるようで、今村さんは、中学生のころ全部読んだんだそうだ。すごい。

 司馬遼太郎は、当然のことながら予備知識を詰め込んでから目的地に行った。現地を歩くとその予備知識が崩れていく、それが愉しいと語っていたという。なるほどと思う。現地でなければ味わえない空気がある。

 司馬遼太郎は周辺部を歩いた。たとえば琵琶湖の周辺とかスペインのバスク地方とか。そのあたりに司馬遼太郎の文化観があると。いったことが話し合われた。

深く広い内容だったが、簡潔に紹介するのは難しい。この様子は4月にNHKで放送される(たぶんEテレ)、それをご覧いただきたい。

 菜の花がステージいっぱいに飾られていた。なんとなく葬式のようでもあるが、ま、追悼忌だからそれでよい。

 司会の古屋さんは元NHKのアナウンサー。今回、著作の一部を朗読した。これがよかった。一級の朗読。さすがである。

2024年1月28日 (日)

『鬼の筆』

 日本を代表する映画脚本家と言えば、橋本忍と笠原和夫の二人を挙げたい。人によって好みはあろうが、五人を挙げろといえば二人は間違いなく入る。

『鬼の筆』はその橋本忍の評伝(春日太一がインタビューをまとめたもの)である。サブタイトルは「戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折」となっている。

「羅生門」「生きる」「七人の侍」と並べただけで、すごい脚本家なんだとわかる。

 橋本忍には『複眼の映像』という自叙伝がある。これを読んだのは20年近く前のことだ。おもしろかった。主要なところは何度も読み返した。

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 黒澤明監督の三作品は、小國英雄、黒澤明、橋本忍で書いている。それぞれの役割があった。黒澤と橋本がまず書く。小國はじっとしているだけ。できあがった原稿を小國が読み、疑問点をあげたり、いくつか指摘する。小國がダメ出しをすればただちに原稿を破り捨て、黒澤と橋本が書き直す。そんな関係だった。

 のちに、三人にだれがどこまで書いたかを問うと、それぞれ違う答えが返ってくる。記憶にズレがある。真相はわからない。「羅生門」の原作である芥川の「藪の中」と重なる。藪の中なのだ。このあたりは興味をそそる。 

 橋本忍はのちにプロダクションをつくる。「砂の器」「八甲田山」などを製作する。

 橋本作品で印象に残るのは回想シーンである。この回想がうまい。「生きる」では最初の方に通夜のシーンがある。ここで主人公の人となりや行動を明らかにしている。映画の全体像がわかってしまうのだが、観客を引きつけるうまい方法である。著者(春日)は回想シーンを入れることで、観る人を説得してしまう橋本の豪腕さを評価している。

砂の器」では、音楽会と父と子の旅と捜査会議を重ねて映し出す場面がある。主題歌「宿命」が流れる。コンサート、刑事たちの動き、父と子のシーンを重ねて映像にしている。ここが感動的なのだ。日本映画の中でもとりわけ傑出したシーンといえる。この部分を競輪のラスト一周、まくりだと、競輪狂でもある橋本は語っている。競輪ファンならよくわかる。

このシーンは「仁義なき戦い 頂上作戦」のラストに匹敵する。印象に残る。

 挫折についてもふれておかねばならない。「幻の湖」がずっこけたことだ。三時間の大作だが、内容がよくわからない。平坦で退屈。歴史的な不入りとなった。大いなる挫折であった。しかし、その後も、脚本を映画化している。

と、ここまで、書いたところで次の予定を思い出した。書き足したいことがあるが、やめておく。

 ついでのひとこと

 紙切りの林家正楽さんが亡くなった。紙切りといえばこの人だった。76歳。アタシよりずっと上かと思っていたら同い歳だった。

 正楽の名跡を継ぐのは林家二楽だろう。そんなに先ではない。

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