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言葉

2024年6月14日 (金)

老聴の始まり

 耳がわるくなった。

  耳が遠くなったわけではなく、感度が鈍くなった。

  よくある例だと、ガザ地区が足立区に聞こえるような感度である。

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  北朝鮮がフンだのごみを積んだ風船を南に向けて飛ばした。対抗措置として韓国は拡声器による北への宣伝活動を再開させた。ぼんやりテレビを見ていたら、核兵器を配備したと聞こえた。驚いて、思わず腰をあげた。聞き違いだった。拡声器と核兵器、漢字で書くとまったく別ものだが、カナで書くとカクセイキとカクヘイキ、一字しか違わない。似ている。

 聴覚が若々しく敏感だったら、聞き違えることはない。歳だ、加齢だ。これも老聴というか難聴の始まり。

 ウサギとウナギを聞き違えたこともある。うさぎパイとうなぎパイ。

 ラジオを聴いていたら、仙台のだれだれと出てきた。しばらくして先代のだれだれだと分かった。仙台と先代は、カナは同じだが、アクセントが違う。それを平板に発音されたり、アクセント違いをされたりすると、こちらは聞き違いをしてしまう。これは老聴とは関係ないけど。

2024年5月 3日 (金)

野良グッピー

 野良グッピーというネット記事を見つけた。

 道路わきの溝で大量のグッピーが生息しているという。沖縄でのことだ。水槽で飼われていたグッピーを側溝に捨てたらしい。グッピーは熱帯魚だけど死なずに生き延びている。側溝を網ですくうと何十匹も獲れる。温暖化のせいだろう。多摩川にもグッピーが生息していると聞いたことがある。

 温暖化はさておき、生息する魚を「野良グッピー」と表現するのに引っかかる。野良といえば野良ネコか野良イヌしか思い浮かばない。野良グッピーが普通の表現となれば、多摩川あたりで大量に舞う外来種のインコは野良インコとなる。千葉のキョンも野良キョンとなる。

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 国語辞典で「のら」を引いてみる。新明解国語辞典。意外なことに最初に出てくる語釈は、ノラ猫とかノラ犬の「のら」ではない。 

  定職が無く遊び暮らすだけで、社会的には歓迎されない状態(にある者)

 不逞の輩。こういう意味でつかうことはほとんどない。

 のらは野良と漢字をあてる。もともとは畑、野原を意味した。野良仕事、野良着といった形で使う。その「のら」がおなじ発音である不逞の意味の「のら」と重なった、そう考えてよいのか。不逞ののらは「どら」と置き換えることができる。どら息子、ね。

 野生化したグッピーを野良グッピーと表現するのには抵抗があったからちょっと調べてみただけのこと。外来種だといって騒ぎたてることはない。メダカを追いやっているとの話もあるが、さて、どうか。

 狸や鳥のエサとなるから増えすぎることもなかろう。

2024年4月 7日 (日)

明鏡止水

 ひさびさに明鏡止水なることばを耳にした。

 自民党の裏金問題で、世耕議員が離党勧告をうけ、すかさず離党届を出した。いまの心境を問われ、「明鏡止水」だと答えた。

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 なんとも古臭いことばだが国語辞典には載っている。「新明解国語辞典第八版」にはこうある。

 心の平静を乱す何ものも無い、落ち着いた静かな心境。〔不明朗なうわさが有る高官などが。世間に対して弁明する時などによく使われる〕

 よく使われるってことはないけれど、宇野さんが首相を辞める時も明鏡止水を使ったのを思い出す。心穏やかでないけれど(心の中ではいらだっているが)、平静を装う。 大人げないふるまいはできない。で、明鏡という表現になる。心境を察するに余りある。

 振り返って、わが身。明鏡止水の心境からは程遠い。うるさい音に囲まれ、雑念が次から次へと涌いてくる。邪念も。 

 国語辞典に「明鏡国語辞典」がある。こちらは、何の邪念もなくうんぬんと普通の語釈。それでいいのだが、ちょっとものたりない気がしないでもない。

2024年2月 7日 (水)

 忌憚のない意見

 一昨日の午後から雪になった。久しぶりに雪道を歩いた。

 老人のように、小股でゆっくり歩いた。たっぷり老人なのだが。

 傘に雪が積もった。

  雪の句が浮かんだ。自作ではなく其角の有名な句。

  わが雪と思へば軽し笠の上

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 話はかわって、昔のことを思い出した。

 社内会議の折、忌憚のない意見をお願いしますとの司会者からあいさつがあった。

 それほど鋭くはないけれど批判の意見を述べた。あとで、あれは言い過ぎだよと先輩から言われた。20代のころだ。

 「忌憚のない意見を言えといわれたので・・・」と答えたら、アハハはと笑われた。

  忌憚のない意見をと言われてもなんでも言ってというわけじゃない、忌憚のないとはタテマエ、儀礼のことばにすぎない。そんなことはわかっている。ならば使うよなと言いたかった。

  以後、しばしば忌憚のない、を聞く。ああ、本当のことを言うなよ、遠慮せよ、ということばと理解するようにしている。それにしても空疎な表現だ。

  悪いようにはしないとひとを説得することがある。

悪いようにしないと言って、良いようにしたためしはない。

 

2023年11月14日 (火)

虫押さえ

  深夜、ときどき「ラジル★ラジル」(NHKのインターネットラジオ番組)を聴いている。「深夜便」ではなく聞き逃しサービス。

 久保田万太郎の随筆に「虫押さえにビールを飲んだ」というくだりがあった。意味はわかる。腹の虫が鳴かないようにビールをひっかけたということだろう。昭和の初めのころの文章である。

 腹の虫がグーっと鳴かぬようにとの意味で「虫押さえ」をつかうことはちかごろではない。

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 国語辞典を引いてみるとふたつの意味が載っている。①子供が泣かぬようにと飲ませる薬。②腹の虫が鳴くのを抑えること。

 おもしろいことに、三省堂国語辞典はふたつを載せているが、新明解国語辞典は①の方しか載せていない。②の方はそれほど使われていないとのことで記載を見送ったのだろう。

 むかしは、腹の中には虫がいると信じられていたようで、腹の虫に関連したことばや表現がいくつもある。

 虫封じ、虫ふさぎ、虫養い、カンの虫、虫の知らせとか、腹の虫が治まらない、虫の居所がわるいなどを思い浮かべる。落語には「疝気の虫」がある。

「三尸(さんし)の虫」もある。庚申の日に眠ると、三尸が抜け出て天帝にその人の悪業を告げるという。だから庚申の日は眠つてはならないという信仰がある。庚申は60日に一度巡ってくる。逆に言うと、この日ばかりは夜更しが許されるとなってバカ騒ぎができる。

 はなしを戻して、虫押さえ。三省堂国語辞典(第7版)では 「虫押さえにめしあがってください」を用例としてあげている。こういう表現、いちども聞いたことも目にしたこともない。

 虫押さえにビールという表現はいい。宴席まで時間がある。小腹がすいた。ちょいと一杯のビール。ひとりゼロ次会。ひとりウエルカムドリンク。

2023年9月14日 (木)

「忖度」について考える

 忖度ということばがもてはやされるようになったのはいつ頃だったか、20年以上は経っているが、いまだにつかわれている。日常語として定着している。

 意味は、相手の気持ちを推し測ること。配慮と言い換えることもできるが、それでは足りない気もする。「政治的配慮」ならそれに近くなる。「惻隠の情」では時代がかっている。

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 斉藤美奈子の東京新聞のコラムが目についた。二度「忖度」をつかっている。いずれもかっこにつき。ジャニー喜多川に対するマスメディアの長年の忖度(黙認)。もうひとつは、維新の会に対する在阪テレビ局の過度な忖度(協力?)。忖度が幅広い意味でつかわれているってことだろう。斎藤美奈子のコラムの表題は「ヨイショの構図」となっている。暗黙のヨイショってことか。

 国語辞典をあらためて開いてみた。新明解第8版。

 自分なりに考えて、他人の気持ちをおしはかること。「相手の立場や気持ちを忖度する」[近年、特に立場が上の人の意向を推測し、盲目的にそれに沿うように行動することの意で用いられることがある。例、「政治家の意向を忖度し、情報を隠蔽する]]

 なんとまあ、妥当な語釈、用例だと感心する。新明解、えらい! (ヨイショ)

 忖度がはびこる組織は、いずれ衰退していく。

2023年6月 1日 (木)

罪悪感

 テレビなどで「罪悪感」という表現をしばしば耳にする。「ダイエット中の人でも罪悪感なしで食べられます」とか。 

 カロリーが高くても、気にせず食べることができる。このぐらいなら、ま、許容範囲のうち、あるいは自分へのご褒美ぐらいの気持ちでいられるということだろう。

 罪悪感という表現には違和感がある。道徳とか宗教規範にはずれる場合に用いられるのがふつうだが、カロリーの過多摂取程度のことで使うのはおかしい。単に、節制できないだけである。軽すぎる。

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 自分へのご褒美ってもの、月に一度程度なら理解できるが、連日のご褒美は、怠慢にしかすぎない。

 大量のゴミを発生させたり、不法投棄するなど、SDGsに大きく反するなら、罪悪感はぜひ抱いてもらいたい。

 別腹ってのも、おかしい。 

 酒は? 2合までなら、健康長寿の内。

2023年5月29日 (月)

国語辞典から消えたことば

 三省堂国語辞典(三国)の編纂者であった見坊豪紀さんとおしゃべりの折り、「今度、アレを入れることにしました」と笑い顔で言われたのを覚えている。ずいぶん前のことである。

 アレとはABCD。三国の改訂で新語として載せるというのだ。女子学生の隠語、Aはキス、Bはペッティング、Cはセックス、Dは妊娠の意味である。どれほどはやっているかわからないけど、新語に許容的な三国はこれを載せた。ちょっと話題になったが、それほど騒がれることもなかった。次の改訂で削られた。消えたことばとなった。

 国語辞典は改訂されるたびに新しいことばが載る。時代に合わせて新語や新たな意味が生まれる。それを載せる。一方で、削られることばもある。ページを大幅に増やすことはできないから削る。泣く泣く削るものもあれば、まったく使われなくなっているから載せる必要はないとあっさり捨てるものもある。その判断基準は、編纂者に委ねられる。だから同じ小型の国語辞典でも採録する語や語釈は違ってくる。たとえば三国は新語や新たな語釈を積極的に採り入れる。おなじ三省堂の『新明解国語辞典』は独自の語釈に力を入れてきた。

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三省堂国語辞典から消えたことば辞典』は、三国から削られたことばをリストアップしたものである。

 削る基準は、ほとんど使用されることがなくなったとか、制度や法律が変わったとか、もともと掲載に値しないことばだったとかさまざまだが、背景には、時代の変化、言語生活の多様化といったものがある。

 本書を眺めれば、何年か前の世相が浮かび上がってくる。とりわけ昭和を映すことばがなくなっているのに気づく。こんなことばを載せていたのかと驚くものもあれば、まったく知らなかったことばもある。

 ただし、使われなくなったかといって、国語辞典から消していいかどうかという疑問も浮かんでくる。使われなくなったからといって消してしまうと、のちに辞書を引いた人が不便になることもある。

 たとえば、ユーゴスラビア。第7版で消えた。ユーゴスラビア連邦は崩壊し、6つ(あるいは7つ)の国に分裂した。現在は、旧ユーゴスラビア(旧ユーゴ)という言い方で残っており、しばしば新聞などで見かける。

 あっさり辞典から消し去っていいとは思わない。辞書編纂者は悩むところだろう。

 ついでのひとこと

 逆に、もともと載せなくてもよかったのではないかという項目もある。薮井竹庵

 落語の、たとえば紺屋高尾などに登場するヤブ医者である。落語以外で使われることはない。へー。こんなのも載せていたのかと驚く。

2022年11月29日 (火)

ほっこりについて考える

 ちょっと前、「ほっこり」について触れた。その続き。

 ほっこりを心温まるという意味で耳にしたのは10年ほど前か。もっと前かもしれない。意味はわかる。それ以降、しばしば聞き、見かけるようになった。なんでも京都あたりの方言でむかしからつかわれてきたとの説を聞いたことがある。

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 スマホに内蔵されている国語辞典(明鏡)を見てみると、①ほかほかと温かいさま ②ほくほくした味 ③心にぬくもりを感じるさま。(*語釈は多少簡略にした)つの意味を載せている。

 新明解国語辞典(第八版)を引くと「まるくふくらんだ様子」とある。それだけ。

 三省堂国語辞典はふたつの意味を載せている。①熱い(温かい)と②心温まる。これは十年近く前に出た第七版と同様である。(その前がどうなっているかは不明。もっと前だと、ほっこり自体の項目がない)

 こうみると「新明解」は遅れているといえよう。言語生活の実体を映していない。

 ほっこりの「ほ」はやまとことばでは、温かいもの熱いものを意味することが多い。ほのお、ほむら、ほてる、ほくほくなどを思いうかべる。ほたるの光は実際には熱いわけではないが炎を連想させる。「ほ」には温かいとか明るいというイメージがついてまわるということである。

 で、思い出した。「ほの字」。惚れているの意味だが、ちかごろは聞かなくなった。いずれ死語となるか。

2022年11月17日 (木)

完パケ

 完パケということばがある。劇場などで終演後、客席から観客がひとりもいなくなった状態を言う。映画祭のボランティアで初めて知った。

 終演後、前方から、忘れ物はないか、とどまっている人はいないかを確認しながら最後列まで歩く。観客がいないと確認できたら「完パケ!」と叫んで、他のスタッフに伝える。意味はおよそ分かる。完全にハケる、ということだろう。

 幼稚園の送迎車で園児が取り残されるという事件がしばしば報道される。閉じこめられて熱中症で幼児が亡くなるという事件があったにもかかわらず、同様な事故が起きている。

 園児が下車したあと、運転手は最後尾まで行って確認すればよいのだが、そのちょっとした手間を省いてしまうから事故が起きる。運転手は園児がいなくなったあと、完パケ! と同僚なりに伝えればいいのにと思うのだが。

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 写真は。区役所の庭にあるカリンの木。実をつけている。そのままで食べることはない。焼酎漬けにしたりする。匂いがよいから芳香剤にもなる。むかし、車の後部座席に置いておいたことがある。

  この実を揚げて黒砂糖にまぶすとカリン糖になる、ということはない。

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