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世事・世の中

2026年2月26日 (木)

乱横断

 麻生区役所前の階段を下りたところ、むかし10年以上前になるか、横断歩道があった。いまは50メートルほど東の交差点に移動した。向こう側に行くためにはその分余計に歩かなければならない。不便である。で、横断歩道のないところを渡る人が多い。

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 で、横断禁止の立て札が立っている。「乱横断」とある。聞いたことがない。調べてみると、以前から使われているようである。でも、「乱」には違和がある。まだ横断禁止ていどならわかるが、乱ってのは・・・

 この乱横断をなくすにはどうしたらよいか。簡単である。むかしのように横断歩道をつくればよい。歩行者は歓迎である。走るクルマもちょい先には信号。横断歩道があるからそれほどスピードを出しているわけではない。横断歩道が一つ増えたぐらいでどうってことはない。

 こういう場所はけっこうある。横断を禁止するより、歩行者視点から見て設置したほうがよい。

 道交法に横断歩道の設置基準があるのかもしれない。何メートル間隔とか。そうならば、実情に合わせる例外措置を設ければよい。

2026年2月22日 (日)

フィルターバブル 類友現象

 ネットで調べものをしたり買いものをしようとすると、たちまちのうちに関連商品の広告がでてくる。たとえば、先だって「仏足石」を調べたのだが、翌日には仏足石の広告が載っていた。55000円。買うわけない。だけど、おすすめの広告が表示される。こちらの好みや関心に応じて情報提供する。クッ キーという機能である。

 おせっかい。この程度なら笑えるのだが、さらに、こちらの意思や心まで読み取られていくようで気持ち悪くなる。ではあるけれど、我々はそれに慣れてしまっている。好みに応じて情報は偏ってやってくる。公平でも均一でもなく。

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 共和党に好意を持っている人には共和党に好意的な情報が集まるようになる。さらに共和党一辺倒の情報があふれ、共和党の熱烈なシンパとなる。民主党も同じである。民主党のシンパも同じように形成される。アメリカ社会が二極化してしまっているとよく言われる。この背景にはネットによる情報の偏在がある。

 これをフィルターバブルと呼ぶ。意味をAⅠに問うと、「検索エンジンやSNSがユーザーの過去の行動や好みに基づいて情報を自動的に選別し、その人に都合のよい情報だけを見せることで、異なる意見や多様な情報に触れにくくなる現象」という回答が返ってきた。わかりやすい。

 情報が、類が友を呼ぶがごとく偏って押し寄せると言うわけだ。で、わたしは類友現象と呼んでいる。

 ネット社会は、事象を公平公正に比べるといっていたチャンスを奪ってしまうリスクを含んでいる。実際、そうなってしまう事態も起きている。たとえば、アメリカ議会襲撃事件がそうだった。日本だと兵庫県知事選か。

 問題は、知らず知らずのうちに偏った情報で洗脳されてしまうおそれであることだ。むかしは情報が少ないことで洗脳が起きた。現在は偏った情報の洪水で洗脳されて事件となる。

 これを避けるにはどうしたらよいか。紙の新聞、できれば複数読むとかで対処できる。難しいことではない。

 と。ここまで書いて それが実際には容易でないことに気付いた。スマホが手放せない人に、紙の新聞を読めなどと叫んでも 無理。馬の耳に念仏なんだろうな。

 

2026年2月18日 (水)

かかとケア

 かかとに痛みを感じた。ひび割れか。

  冬になるとかかとにうるおいがなくなり、角質がかたくなる。そこがひび割れとなり、うっすら血がにじむ。70過ぎてからこうなった。

 軟膏、オロナインとかメンソレータム、あるいはニベアを塗る。軟膏の効果で皮膚はやわらかくなり、血は見えなくなる。痛みも消える。

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 チョン・ジアの短編に「階級の完成」(『資本主義の敵』の一編)がある。かかとというか足の裏の話である。

 中年の警備員が、停まっているロールス・ロイスの後部座席の男を見つめるシーン。男は大会社の社長らしい。靴下を脱ぎ、助手席の若者から渡された軟膏を足に塗る。足の裏は赤ん坊のようにピンク色だった。

 警備員の男の足とは雲泥の差である。ひび割れ、水虫で堅い角質となっている。下層階級の足である。で、警備員は足裏クリームを買い、マッサージ店にも行く。

 貧富、階級の差は足の裏でわかるという寓話である。面白いが、現実にはそうでもなかろう。上流階級はスポーツで足を鍛えている。赤ん坊のようなピンク色ではなかろうと思うが、階級差のカリカチュアとして印象に残る。

 で、思い出したのが仏足石。お釈迦様の足跡を石に刻んだものである。むかし薬師寺で見た。案内してくれた薬師寺の偉い人、管主さんだったか、「お釈迦様は、ご覧のように扁平足です」と語った。偏平足か。なるほどそのようだ。

 薬師寺の建造物や如来像より、それを憶えている。

2026年2月 4日 (水)

爪を研ぐ

 足の爪を研ぐのが億劫になった。爪切りが足の指先に届かないことはないが、つま先がよく見えないのだ。前屈姿勢も苦しい。

 電動で爪切りができるという機器があると知り、ネットで申し込んだ。

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 正しくは電動爪削りだった。ヤスリである。爪をヤスリ部分にあてると削れるということだが、安全のためか削っているという感覚がない。よく削れない。

 ひとつの指の爪先を削るのに時間がかかる。かったるい。ジョリジョリと軽快には削れない。これならヤスリのほうがはやく仕上がる。で、途中で止めてしまう。引っかかる部分だけをやすりで研ぐ。電動のこれはいらない。

 むかしは、どうしてたんだろう。

 古川柳に、「居候 足袋の上から 爪を切り」 がある。

 足袋を脱がずにそのまま爪を切る情景を詠んだもの。つまり、爪が伸びて足袋のつま先を破いてしまった。ものぐさな居候は、これなら脱がずに爪を切れると考えたわけだ。合理的とも言える。でも、風呂に入るときはどうしたんだろう。

 それはともかく、爪は切って、角をやすりで軽く研ぐぐらいでよい。

 

 

2026年1月25日 (日)

最後のどんど焼き

 麻生区岡上のどんど焼きは三か所で行われる。今年最後は和光大学前の西町会のどんど焼きである。大学前の田んぼで行われるのだが、ここでのどんど焼きは今年で最後になる。田んぼの所有者が変わったので来年はどうなるかわからないのだ。ついでに言っておくと、この地では、どんど焼きではなく、セエノカミと呼んできた。

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 写真でもわかるように、小田急線の線路に沿っている。車窓からも眺めることができたが、それも今年で最後になる。

 乾燥して風もあったので、火の勢いはよく、たちまち焼けてしまった。あっけなかった。

 

2026年1月13日 (火)

モグラたたき

 ゲームセンター(ゲーセン)にはさっぱり行っていない。

 かつて、しょっちゅう行っていたかというとそんなことはない。たまに、である。カーレースとか、クレーンゲームなど、ことごとくダメ。うまくいかない。太鼓たたきもからっきし。勝負になるとか、そこそこサマになるのは、モグラたたきぐらいである。

 あれは単純でよい。モグラの頭をおもいきりひったたく。我を忘れて夢中になれる。わずかな時間で息がはずむ。

 コノヤロー! バカ部長! クソー! とか声をだせば、それなりのストレス解消になる。

 新宿の街をあるいていたら、ゲーセンの看板をみつけた。写真がそれ。

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 感情解放区とある。感情が解放できるということか。それほどではなかろうが、ストレスを多少は解放できるのは間違いない。

 気になったのは現在のゲーセンにどんなゲームがあるかということ。ローテクのモグラたたきなどなくなってしまっているかもしれない。どうなんだろうか。

 

2026年1月 7日 (水)

パスワード入力ができない

 クレジットカード決済でパスワード入力を求められることがある。

 入力画面が暗くて数字が分かりづらい機種がある。見にくい。パスワードが覗き見されないようにする配慮だろうけど、要らない。目が悪くなった年寄りへの配慮が足りない。いじわるだ。

 画面を明るくしてくれと言うが、できないとかやり方がわからないとの返事がくる。やり方を知らないだけだろうが、困ったものだ。顔を近づけ、ときにスマホの明かりをかざして入力する。次回までに明るくしといてね、と言って立ち去る。次回はたぶん明るくして置いてくれるだろう。

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 バリアフリーだの合理的配慮だのと言われているが、実際はなかなか進んでいない。

 階段に手すりはあっても劇場内の階段には手すりはない。掴まり棒を設置しているところがある。これはありがたい。どこもそうすればよいのに。

 新しい施設でも、必ずしもバリアフリーになっていない。動線がわるい。表示が小さい。たとえばトイレがどこにあるか、デザイン優先で、申し訳程度の小さな表示になっている。視力が弱い人やシニアの視点が欠けている。

 先日、コーヒーショップに入ろうと開閉ボタンを押したのだが、開かない。なんども押してみたがドアは開かない。しばらくすると、中にいた女性から、どうしたんですかと声を掛けられた。事情を話すと、開いてますよとの答え。驚いた。目が曇っていたのでドアが閉まっていたと勘違いしたのだ。

 そのくらい私の眼はわるくなっている。メガネを変えようか、変えてもなあと思うが、とりあえず、老眼鏡を新調した。

 新年早々、眼科医に行った。年末に行ったばかり。めんどうだけど、仕方がない。

 きょうは七草。市民館前の広場では七草粥をふるまうイベントが開かれた。写真はそこに展示してあった七草。麻生区の野山では七草が採れる。自然が残っている。

 七草粥ははっきり言って不味い。味わうのは遠慮した。

 

 

2026年1月 1日 (木)

あけましておめでとうございます。

 元旦は初詣。近所の十二神社に出かけた。現在の場所に移転してどのくらいになるのか、ピカピカだった社殿も落ち着いた風合いになってきた。

 鈴緒は、正月は縛られて鳴らすことはできない。無粋だが、参拝者の回転を考えれば。こういう手もある。9時前だったので参拝客は少なかった。

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 賽銭を投げ入れ、昨年の無事を感謝する。目が悪くなり、老化は進むばかりだが、さしあたって足腰に問題はない。家族も元気だ。

 家では、録画した番組を観る。「ドキュメント72時間」の年末スペシャル。普通の人の暮らしぶりや生き方に少し感動する。この少しがよい。

今夜から3日間、「TBS落語研究会」がある。ビデオ予約した。明日から、少しずつ聴く。駅伝よりこっちだな。

 それと、もう一本。映画祭のボランティア仲間から、NHKEテレで映画「小学校~それは小さな社会~」をやるから観て! との連絡があった。知らない映画。これも予約録画した。

 ということで、この数日はビデオ三昧(というほどではないけれど)になる。コーヒーショップで読書もいいけれど、目が悪くなったので長い読書はムリ。ぼんやりするだけだけどね。

 

 

2025年12月22日 (月)

ダイキチー KOMEHYO

 買取りの新聞折り込みが目立つ。テレビCMでもイッコーの「ダイキチー」がうるさい。あれで、商売になるのかと、疑問に思っていたのだが、実際にはちゃんとしたビジネスになっていることを知った。

 一週間ほど前の日経新聞が、中古市場は91兆円という記事をのせていた。中古のブランドバックや高級時計のビジネスが広がっている。海外から客がたくさん押し寄せている。

 日本の中古品に偽ブランドはほとんどない。新品同様に手入れされている。爆買いというほどではなかろうが、値が張るから結構な市場規模になる。

 メイド・イン・ジャパンではなく、ユースト・イン・ジャパンなのだ。

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 中古品というと、コメ兵を思い出す。古着ショップである。名古屋の大須、大須演芸場のちかくにコメ兵があった。むかしはダサい古着ショップだった。いらんものはコメ兵へがキャッチフレーズだった。それが東京に進出し、垢抜けした店構えの店に変身した。

 新聞チラシもおしゃれ。店名はKOMEHYO。50年以上前のコメ兵を知っている人間には驚きである。

 私の頭の中を、戦後の、70年ぐらい前の大須観音界隈の賑わいがクルクル回っている。

 

 

2025年12月16日 (火)

セイノカミ 屋根吹替

 セイノカミは地域によって呼び名がちがうが、道路ばたに置かれた石像である。道祖神のひとつ。岡上にあるセイノカミの石像の屋根を吹き替えるというので、行ってみた。

 岡上では、どんど焼きをセイノカミと読んできた。石像は、辻とよばれる交差点の脇に置かれており、その近くでどんと焼きが行われてきた。それで、どんと焼きもセイノカミと呼ばれるようになったものと考えられる。地域によって謂われはあるようだが。

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 写真は吹き替え前のもの。去年の12月に吹きかられたもので屋根の藁は茶色になっている。もともとは五輪塔だったが、それが崩れて路ばたに置かれていた。それを横にしたまま祀ったもので、それに屋根が葺かれるようになった。

 引き換え作業は簡単。藁や支える柱もとっぱらう。新しい柱で支えをつくり、藁で屋根をつくる。手順は簡単だけど、けっこう手間がかかる。

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 わたしは途中で失礼した。

 岡上、川井田地区のどんど焼きは1月24日午後3時、和光大学前のたんぼで行われる。諸事情あって、ここでのどんど焼きは、最後になるかもしれない。ぜひお出かけいただき、どんど焼けを楽しんでもらいたい。

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